神経系を構成する細胞を神経細胞(neuron: ニューロン)という。
伝導と伝達
樹状突起(dendrite)から伝わった興奮(excitation)が細胞膜の電位差として軸索(axon)を伝導(transmission)していく。神経終末(nerve ending)のシナプス(synapse)では神経伝達物質(neurotranmitter)が興奮を伝達(transmission)する。
目で見る医学の基礎 第2版 Vol.2 神経系
神経細胞(ニューロン)(03:33)/感覚神経細胞(04:30)と運動神経細胞(04:35)/神経細胞の興奮(05:23)/細胞内外の電位差(05:37)/静止膜電位と活動電位(05:44)/興奮の伝導と伝達(06:30)/シナプスと神経伝達物質、受容体(レセプター)(07:01)/主な伝達物質と受容体(08:12)/興奮性シナプス(グルタミン酸)と抑制性シナプス(GABA(γアミノ酪酸))(08:20)
神経伝達物質
脳を構成する神経のはたらきは、まずはシナプスにおける神経伝達物質の増減に大きく影響される。
- (右上紫)
- (左上橙)
- (左茶)
- (左青)
- プリン
- アデノシン三リン酸(ATP)
- (下)
- ペプチド系神経伝達物質
主要な神経伝達物質[*2]。(名前をカッコで括ったものは、図の中に載っていないもの。詳細はリンク先(ただしWikipedia)を参考のこと)
多数の神経伝達物質があるが、下の図で示したように、主な向精神薬と直接関係のある神経伝達物質は、ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニン、GABA、および内因性オピオイドである。
向精神薬と受容体
医薬品であるか嗜好品であるかは問わず、多くの向精神薬はシナプスにおける神経伝達物質を増減させることによって精神に作用する。
モノアミン作動性ニューロンのシナプスにおける向精神薬の作用(左からセロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリン)[*3]
セロトニン(5-HT)の場合[*4]
1、アミノ酸であるL-トリプトファンからセロトニンが合成される
2、セロトニンが放出される。アンフェタミン類は放出を促進する
3、モノアミンオキシダーゼがセロトニンを分解する。モノアミンオキシダーゼ阻害薬は分解を阻害する
4、放出されたセロトニンが再取り込みされる。セロトニン再取り込み阻害薬は再取り込みを阻害する
5、セロトニンレセプターのアゴニストはレセプターと結合し、活性化させる
6、細胞内での情報伝達に働きかける向精神薬もある
多くの向精神薬は、快楽の増大、または苦痛の軽減のために使用される。
嗜好品であるか、医薬品であるか、麻薬などの違法薬物であるかは、その文化の価値や法律によって分類されているもので、分子構造や薬理作用による分類とは異なる。(→「向精神薬の分類ー民俗分類と医学的分類ー」)
文化的な文脈において、嗜好品としてもっとも一般的に使用されてきたのはカフェイン、コカインなどの精神刺激薬を含む薬草である。同じ嗜好品でもモルヒネを含むアヘンやエチルアルコールを含む酒は、苦痛を軽減するという作用が基本にある。
シャーマニズムなどの宗教儀礼に使われてきた精神展開薬は、現世的な意識状態を変容させ、快楽の増大/苦痛の軽減という次元とは異なる、特異な向精神作用を持つ。
主要な向精神薬の作用機序を、作用する受容体(レセプター)によって、単純に図式化すると、以下のようになる。
神経伝達物質 | DA | NA | 5-HT | GABA | OP | NMDA | CB |
---|---|---|---|---|---|---|---|
抗パーキンソン薬 | + | ||||||
精神刺激薬 | + | + | |||||
抗精神病薬 | - | - | - | ||||
抗うつ薬 | + | + | |||||
精神展開薬 | + | ||||||
カンナビノイド | + | ||||||
カヴァラクトン | + | + | |||||
抗不安薬 | + | ||||||
睡眠薬 | + | ||||||
エチルアルコール | + | ||||||
オピオイド鎮痛薬 | + | ||||||
解離性麻酔薬 | ? | + | |||||
抗てんかん薬 | |||||||
気分安定薬 |
(OPは、オピオイド受容体、CBは、カンナビノイド受容体、NMDAは、グルタミン酸受容体の一種)
精神・神経疾患の治療に使われる向精神薬の作用から、逆に、どの神経伝達物質が、どんな作用をしているのかを知ることができる。
精神刺激薬が覚醒作用を持つということは、ドーパミンが覚醒作用を持つということでもある。小脳のドーパミンが不足するとパーキンソン病という運動の障害が起こるが、これは抗パーキンソン薬で改善する。
抗精神病薬は、おもにドーパミンのはたらきをブロックして統合失調症などの幻覚・妄想状態をしずめる。逆にメタンフェタミン(覚醒剤)やコカインなど、精神刺激薬の過料摂取で、統合失調症の幻覚・妄想状態があらわれることがあるので、ドーパミン神経系は適度であれば覚醒作用を持つが、過剰に活動すると幻覚や妄想を引き起こすということがいえる。
抗うつ薬がうつ(および不安)を改善することから、セロトニンのほうはどちらかというと静かな覚醒をもたらすといえる。ノルアドレナリンはどちらにもかかわっている。
精神展開薬(psychedelics: サイケデリックス)(→「精神展開薬(サイケデリックス)」)もまた統合失調症の陽性症状と似た状態を引き起こすが、統合失調症にともなう意識状態の変化が、どちらかというと不快であるのに対し、精神展開薬によって引き起こされる意識状態の変化は、むしろ快の感覚をともなうことが多く、ときには神秘的な恍惚体験にまでなることも少なくない。このことは、セロトニン神経系が過剰に活動すると、むしろ神秘体験・宗教体験を引き起こす可能性があることが示唆される。
また、とくにインドール系の精神展開薬が、急速な抗うつ作用を持つのも、セロトニン系を活発化させるからだろう。
THC(テトラヒドロカンナビノール)などのカンナビノイドは、大麻の有効成分であり、弱い精神展開作用を持つ。これは、カンナビノイド受容体(CB)という、新しく発見されたレセプターに結合する。
カヴァの有効成分であるカヴァラクトンは(→「南島の茶道 ーカヴァの伝統と現在ー」)、カンナビノイド受容体と、GABA受容体の両方に結合し、カンナビノイドのような弱い精神展開作用と、抗不安薬のような鎮静作用を併せ持つ。
GABAA受容体の構造[*5]
抗不安薬や睡眠薬が穏やかな鎮静作用を持つのは、抑制性のGABA作動性ニューロンが活性化することによって、間接的にモノアミン系ニューロンの活動を抑制しているからである。エチルアルコール(エタノール)もこれらと同様の作用機序をもつ。
モルヒネなどのオピオイド鎮痛薬は、オピオイド受容体(OP)に結合する。後に、脳内にも内因性オピオイドが発見された。
ケタミンやPCP、あるいは、デキストロメトルファン(DXM)などの解離性麻酔薬は、NMDAグルタミン酸受容体に結合し、麻酔に使われるが、解離性体験を引き起こす。また同時に抗うつ作用も示すが、これは、5-HTにも作用するからではないかという仮説がある。(→「NMDA型グルタミン酸受容体と神経保護作用」)
*1:タナカマツヘイ (2019).「『ニューロン』」『知っておくと便利な豆知識』(2021/10/22 JST 最終閲覧)
*2:Ramon Velazquez (2020). Nootropics for Neurotransmitters - Balancing Brain Chemistry for Peak Mental Performance. Mind Lab Pro.(2021/10/22 JST 最終閲覧)
*3:Pryor, K. O. & Storer, K. P. (2013). Drugs for Neuropsychiatric Disorders. Pharmacology and Physiology for Anesthesia. Saunders, 180-207.
*4:Molecule of the day - Serotonin. Molecule of the Day.(2021/10/22 JST 最終閲覧)
*5:「Yakugaku lab - GABAA受容体ってどうなってるの?」
*6:独立行政法人 医薬品医療機器総合機構「アセナピンマレイン酸塩舌下錠 2.6.2 薬理試験の概要文」16.