認知機能・パーソナリティの小進化

認知能力の小進化

知能[*1]には、人種・民族による違いがあり、およそ、サハラ以南のアフリカ<北アフリカ〜南アジア<ヨーロッパ系<東アジア、という地理的勾配がある。

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国別の平均IQ[*2]

すこし古いが、2002年〜2006年の統計では、IQが平均の100を上回っているのは、香港=シンガポール>韓国>日本=中国(人民共和国)>台湾>イタリア>アイスランド=モンゴル=スイスという順になっており[*3]東アジアに偏っている。

なお、IQ(知能指数)は、平均を100、標準誤差を15と計算することになっている。IQが115であれば、「偏差値」は60に対応する。したがって、平均が100で、それに対して105というのは、大きな差ではない。むしろ、同じ国の中での分散の方が大きい。

社会的な要因

国による差異の背景には、まず、社会的な条件がある。いわゆる先進国では、充分な教育が受けられるからである。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/e/e2/QHC_Lynn_Vanhanen_2006_IQ_and_Global_Inequality.png
QHC(Quality of Human Conditions)の国際比較[*4]

社会的な条件においては、欧米やオーストラリアが高く、逆に中国やモンゴルは低い。このことは、IQの差異が、社会的な条件だけでは説明できないことを示している。

多民族国家であると人種・民族の差を見ることができないので、先住民族の推計知能指数だけをマッピングすると以下のようになる。

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先住民族だけを対象とした国別のIQの推計値[*5]

ボツワナで値が低いのは、先住民サン(ブッシュマン)の値をとっているからであり、そこから先は、サハラ以南のアフリカ<中近東・南アジア・東南アジア<ヨーロッパ・中央アジア<東アジアという順になっている。さらに、アメリカ大陸の先住民ではやや低く、オーストラリア(アボリジナル)ではサンと同程度に低い。

この差がどのような要因で生じるのかについては議論の余地が多々あるが、知能指数の遺伝率は高いので、これを現生人類の拡散による小進化と考えることはできる。

オーストラリア先住民はホモ・エレクトスの末裔であるために他地域の民族とは異なるのだという説もあったが、近年ではデニソワ人の遺伝子を多く受け継いでいるという研究が進んできている。もっとも、オーストラリアの先住民の親族構造が、他の民族には理解困難なほど抽象数学の域に達していることも併記しておかなければならないだろう[*6]

知能検査は白人にとって都合が良いといえるのか?

これらの結果には様々な解釈がありうる。IQを計る知能検査自体がヨーロッパ人にとって都合が良く作られており、有色人種に対して白人のほうが優位にあることを事後的に示す指標だという批判もある。東アジアのほうがヨーロッパの値を超えてしまうのは、西洋文化中心主義にはむしろ都合の悪い結果である。

パーソナリティの小進化

クロニンジャーのTCIモデルでは、新奇性探求(Novelty Seeking)はドーパミン作動性神経の活動亢進、損害回避(harm avoindavce)はセロトニン作動性神経の活動低下が結びついていると仮定している。

DRD4遺伝子の小進化

DRD4(ドーパミンD4レセプター)遺伝子の反復配列と新奇性探求の傾向が相関するという研究がある。これには、以下のような地域差があるとされる。

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DRD4遺伝子の反復配列の頻度[*7]

おおよそアフリカ〜ヨーロッパ>東アジアという順になっているようにも見えるが、後でふれる5-HTTLPRほどはっきりした傾向ではない。ともあれ、日本は最低レベルになっている。

セロトニントランスポーター遺伝子の小進化

5-HTTLPR(serotonin-transporter-linked polymorphic region: セロトニントランスポーター遺伝子)の多型と不安・うつ傾向が関係するという説がある[*8]セロトニントランスポーターは、シナプスにおけるセロトニンの再取り込みを行うタンパク質であり、抗うつ薬の一種であるSSRI選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が作用する部位でもある。

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5-HTTLPR遺伝子の反復配列の頻度[*9]

多型の地理的分布を見ると、おおよそアフリカ>ヨーロッパ>東アジア、という順になっている。DRD4とあわせると、日本が最低である。

この多型と関連するSNPであるrs11867581[*10]の、Gに対するAの頻度[*11]rs3813034の、Aに対するCの頻度[*12]。

略称 民族 rs11867581 rs3813034
ASW アフリカ系アメリカ人 0.15 0.23
YRI ヨルバ(ニジェールコンゴ系) 0.00 0.17
LWK ルヒャ(ニジェールコンゴ系) 0.02 0.22
MKK マサイ(ナイル系) 0.08 0.06
TSI イタリア 0.60 0.53
CEU 西欧系ヨーロッパ人 0.58 0.42
GIH 北インド 0.65 0.57
CHB 漢民族 0.82 0.88
HCB 漢民族 0.74 0.80
CHD 漢民族 0.86 0.85
JPT 日本人 0.77 0.81
MEX メキシコ系アメリカ人 0.61 0.62

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HapMapにおけるサンプル集団の地理的分布[*13]

この不安・うつ傾向も知能と同様、アフリカ<ヨーロッパ<南アジア<東アジアの順に小進化が起こったことが示唆される。現生人類は出アフリカ後、寒地への適応などの何らかの理由で、よりr戦略的な行動パターンから、よりK戦略的な行動パターンへと進化してきたという考えがある[*14]

もっとも、5-HTTLPR遺伝子頻度が現生人類の拡散に沿った地理的勾配を示していたとしても、それは、たとえばうつ病の地域的発症率の統計とは一致していないように見える。

https://ourworldindata.org/exports/share-suffering-from-depression_v6_850x600.svg
単極性うつ病の国別統計(2016年)[*15]

国によって診断基準が異なるためにデータの一貫性がない、という可能性もある。普通の日本人がアメリカの精神科に行けば、うつ病と診断されてしまうかもしれない。

うつ病の頻度をより「客観的に」反映しうる数値としては、たとえば自殺率がありうるが、それについては「日照・自殺・殺人」を参照のこと。

人種・民族間の遺伝的な差異について議論することが、必ずしも遺伝決定論や、人種差別を助長するものではないことは「人種・民族・文化」に書いたとおりであり、また遺伝子と文化は共進化してきたということも事実である。さらに、知能と不安・うつの傾向が相反するものであればなおのこと、どちらがより健常であるか、どちらがより幸福であるかといった、価値を含む議論はまた別の問題だと言わなければならない。

遺伝子と文化の共進化

また、5-HTTLPR遺伝子の多型は、個人主義集団主義という社会的な態度とも関連するという研究がある。

https://www.researchgate.net/profile/Katherine_Blizinsky/publication/255178493/figure/fig4/AS:297855731421202@1448025748830/Culture-gene-coevolution-of-individualism-collectivism-and-the-serotonin-transporter.png
5-HTTLPR遺伝子の多型と、個人主義集団主義的傾向[*16]

個人主義集団主義傾向は5-HTTLPR遺伝子の多型とよく線型的に対応しており、また不安や抑うつ傾向が、病原菌の感染に対する適応戦略だという仮説がある。

また、西欧と日本は個人主義の方向に外れ値となっている。この偏りについての、ひとつの説明は、文化的な近代化である。

菊と刀[*17]を著した知日家でもあり「文化とパーソナリティ」の論客でもあったルース・ベネディクトは、社会の特質が遺伝的な人種差によっては説明できないことの根拠として、日本社会が明治維新以降、急激に変化したことを挙げている[*18]。

もしそうなら、これは短期間に起こった文化進化としてみることができ、民族性やパーソナリティが遺伝子の影響を受けるだけでなく、文化的、社会的な影響をも強く受けるということの好例である。

第二次大戦後であれば、ドイツと日本で典型的なメランコリー型うつ病が「流行」したのも、むしろ敗戦後の復興という文化的淘汰圧のゆえだという議論もある[*19]



記事の信頼度 ★★★☆☆
(内容が広く浅く、もうすこし加筆が必要。政治的な正しさ(politically correctness)の観点からは誤解を招きやすい記述であることに留意したい。)
 
CE2016/11/18 JST 作成
CE2020/10/19 JST 最終更新
蛭川立

*1:「知能」とは何か、という議論はあるが、ここでは、知能とは、WAISやWISCなどの知能検査の点数である、と操作的に定義する。

*2:IQ and Global Inequality - Wikipedia(CE2020/10/18 JST 最終閲覧)

*3:World ranking of countries by their average IQ – Brainstats

*4:IQ and Global Inequality - Wikipedia

*5:出典不詳。おそらくは頭蓋骨の形態から間接的にIQを推計したものであろう。

*6:レヴィ=ストロース, C. 福井和美(訳)(2001).『親族の基本構造青弓社. (Lévi-Strauss, C. (1949). Les structures élémentaires de la parenté. Presses Universitaires de France.)

*7:https://www.genexdiagnostics.com/product/promiscuity-gene-drd4-test/. もっとも、ドーパミンのはたらきを「新奇性探求」と結びけるのはともかく、「乱交」と結びつけるのは性急であろう。

*8:出典未確認。否定的なメタ分析もある。

*9:Serotonin transporter gene 5-HTTLPR VNTR allele frequency distribution in Africa and Eurasia | Semantic Scholar

*10:rs2129785+rs11867581がA+Aの場合、91%がshortであり、A+Gの場合96%がlongであり、G+Gはほとんど存在しない。蛭川はA+Aである。

*11:National Center for Biotechnology Information. (2018). Reference SNP (rs) Report: rs11867581 U.S. National Library of Medicine.(2019/04/29 JST 最終閲覧)

*12:National Center for Biotechnology Information. (2018). Reference SNP (rs) Report: rs3813034 U.S. National Library of Medicine.(2019/04/29 JST 最終閲覧)

*13:Hajiloo, M., Sapkota, Y., Mackey, J. R., Robson, P., Greiner, R., and Damaraju, S. (2013). ETHNOPRED: a novel machine learning method for accurate continental and sub-continental ancestry identification and population stratification correction. BMC Bioinformatics, 14:61, 1-15.

*14:ラシュトン, J. P. 蔵琢也・蔵研也(訳)(1996).『人種 進化 行動』博品社. (Rushton, J. P. (1994). Race, Evolution, and Behavior. Transaction Publishers.)

*15:Ritche, H. and Roser, M. (2018). Mental health. Our World in Data.(2019/05/12 JST 最終閲覧)(このサイトでは1990年以降の主要な精神疾患の推移をインタラクティブに見ることができるが、うつ病の地図だけはページ上にうまく表示されない。)

*16:https://www.researchgate.net/figure/Culture-gene-coevolution-of-individualism-collectivism-and-the-serotonin-transporter_fig4_255178493

*17:ベネディクト, R. 長谷川松治(訳)(1967).『菊と刀―日本文化の型―』社会思想社. (Benedict, R. (1946). The Chrysanthemum and the Sword. Houghton Mifflin.)

*18:ベネディクト , R. 筒井清忠・筒井清輝・寺岡伸吾(訳)『人種主義 その批判的考察』名古屋大学出版会, 96-98. (Benedict, R. (1940). Race: science and politics. Modern Age Books.)

また、その直前の84ページでは、日本人や中国人の知能指数が西洋人並みであり、インド人やアフリカ人よりも高いことについて、知能検査などをまじめに行うからだ、と指摘している。もっとも、そのまじめさ自体が遺伝子の影響を受けている可能性は排除されない。

*19:内海健 (2012).『さまよえる自己―ポストモダンの精神病理―』 筑摩書房.

内海は、近年、日本で「新型うつ病」が流行しているという言説に対し、従来型とされるメランコリー型うつ病のほうが、敗戦後の日本と西ドイツという特殊な社会的状況に特異的なものだったのではないか、という議論を提起している。じっさい「新型うつ病」はメランコリー型うつ病とは対照的に、過眠や過食といった非定型うつ病に近い症状を示すが、非定型うつ病を季節性うつ病を結びつけるなら、これはむしろ寒地適応と冬眠とのかかわりにおいて、より進化生物学的な背景を持っていることが理解できる。