プラセボ効果と象徴的効果

 

逸話から「エビデンス」へ

ある薬(健康食品なども含む)について、たとえば「水素水を飲んだらうつ病が治った」という場合、「私が飲んだら効いた」をはじめ、「少数の人が飲んだら効いた」は証拠にはならない。「多数の人が飲んだら効いた」と、喜びの体験談が続々集まっても、効く証拠にはならない。

「薬を飲まない」という対照群(control group)と比較することによって、「薬を飲んだら効く」という証拠(evidence:エビデンス)がえられる[*1]

「薬を飲まなかったら効かなかった」ということを確かめて、はじめて「薬が効く」ということの証拠となる。

「薬を飲まなくても効いた」という場合は、薬以外の要因、たとえば自然の経過や自然治癒力で治った、ということができるが、そのことは「薬は効かない」ということとは無関係である。たとえば「薬を飲まずにうつ病が治った」というデータをいくら集めても「抗うつ薬には効果がない」ということの根拠にはならない。

あるいは「薬を飲んだら悪化した」という場合もある。ただし、これを「好転反応」という概念ですべて説明しようとすると、「薬が効く」という仮説は、反証不能になる。

相関関係と因果関係

うつ病と生活習慣の関係について、国立精神・神経医療研究センター神経研究所疾病研究第三部とジーンクエストの共同研究が行われた[*2]


うつ病と生活習慣との相関関係[*3]

この研究について朝日新聞は「うつ病の人、食生活乱れがち 肥満は多く運動少なめ」と報じた。研究を統括した功刀浩医師は、「うつ病の治療には、薬やストレスをためないことが重要と言われてきたが、食生活や運動も考えるべきだ」とコメントしている。常識的に納得のいく見解である。

しかし、相関は一方的な因果関係の根拠にはならない。うつ病になると(あるいは、なりやすい人は)食事を作ったり食べたりするのも面倒になるし、元気がないので外に出て運動もしないし、だから太ってしまうとも言える。じっさい、上記の新聞記事のタイトルをそのまま読めば、むしろこちらの因果関係が発見されたことを報じているように読める。

また、2変数の相関は、第3の変数の共通の結果である可能性もある。この研究では「うつ病」と「肥満」「体重低下」の両方と相関関係があることが示されているが、どういう因果関係があるのだろうか。うつ病ではふつう、食欲の減退が起こるが、逆に食欲が増加する場合もある。うつ病の背後には、脂質の代謝異常などの遺伝子が存在するのかもしれない。

プラセボ効果

とくに精神的な効果や痛みなどの主観的な症状の場合、「薬が効く」と期待することによって効き目が増大することが多い。これをプラセボ効果、または偽薬効果(placebo effect)という。たとえば、うつ病の治療に使われる抗うつ薬の効果のかなりの部分はプラセボ効果(または自然治癒)だといわれている。

以下は、オーストラリアで科学哲学を学んでいたころの、蛭川自身の体験談である[*4]

去年の1月ごろから、しばらく、無性に眠い日々が続いた。とにかく眠たくて眠たくて仕方がないのである。いったん寝てしまうと、ひたすら眠り続けてしまう。目覚めても身体が重くて布団から出られない。そしてまた寝てしまう。最悪のころには、食事と排泄のとき以外はずっと眠り続けていた。しかし最悪とはいっても、とりたてて苦痛はなかった。眠ること自体は、とても心地の良いものである。オーストラリアではちょうど年度の切り替わる季節で、長い夏休みであり、しばらくの間、大学に行く用事もなかった。
 
とはいえ、いつまでも「覚醒」して行動できないのでは、やはり「現実」生活に支障をきたす。医者に行って相談した。簡単な質問紙に回答し、問診をした後で、主に身体に症状が出るうつ病の一種だろうと診断され、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)の一種であるZoloft(セルトラリン)を処方された。飲み始めには全身が内側から痺れるような、表現しがたい不快感があったが、一週間、二週間と経つにつれ、副作用は収まり、眠気も減っていった。体重が倍増したように重かった身体が徐々に軽くなり、普通に「覚醒」して動くのが億劫ではなくなった。
 
それにしても、診療のたびに回答する質問紙に書かれていた「不安」や「罪悪感」、あるいは「自殺」といった項目には、どうも心当たりがない。もちろん人並みに悩んだりすることもあるが、幸い、自分は最低の人間だとか、いっそこの世から消えてしまいたいとか、そんな極端な思考に囚われたことはない。どうしても自分が「うつ病」などという病気だとは思えなかった。安易に薬を飲む前に、脳画像などを調べて、原因をきちんと明らかにしてから対処すべきではないのか。後日の診療で、いったい私は本当のところ、何という病気なのか、と主治医に聞いてみたのだが、質問には答えてもらえず、とにかく薬が効いているのだから良いのではないか、という素っ気ない返事しか返ってこなかった。
 
謎の眠り病に罹ったことをきっかけに、精神医学の教科書的な本などを読み漁って、ひととおり勉強してみた。通俗的な予想に反して、薬が神経系にどう作用するかといったことばかりが詳しく語られる一方で、フロイトやら精神分析やらといった話はほとんど出てこない。近年は生物学的精神医学が長足の進歩を遂げ、統合失調症精神分裂病)や双極性障害躁うつ病)のような、主要な精神疾患のかなりの部分が、「心の病」というよりは「脳という内臓の病気」であり、様々な遺伝子の相互作用による原因を持つことが、分子レベルでかなり詳細に解明されつつある。にもかかわらず、脳画像や血液を調べて、脳のどの部位の血流量が多いといった指標(バイオマーカー)によって診断する方法は、まだ確立していない。分子レベルでの病態が明らかになってきても、何百というタンパク質が神経細胞の内外でどのように相互作用して、全体としての「心」の状態を変化させるのかという、そこに大きなギャップがあるのだ。けっきょく現状では、精神疾患は、もっぱら問診でしか診断できない。アメリカ精神医学会が編纂している『DSM: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorder(精神疾患の診断・統計マニュアル)』という、その名の通りの分厚いマニュアル本が事実上のグローバル・スタンダードになっている。たとえば抑うつ状態であれば、以下のようなリストが診断基準になる。(DSM第五版の日本語版より簡略化して引用)
 

  1. 抑うつ気分
  2. 興味または喜びの著しい減退
  3. 体重減少、または増加、または食欲の減退または増加
  4. 不眠または過眠
  5. 精神運動焦燥または制止
  6. 疲労感、または気力の減退
  7. 無価値観、または過剰であるか不適切な罪責感
  8. 思考力や集中力の減退、または決断困難
  9. 死についての反復思考。特別な計画はないが反復的な自殺念慮、または自殺企図、または自殺するためのはっきりした計画

 
これらのうち、1または2を含む、合計五個以上の症状がほとんど毎日、二週間以上続けば「抑うつエピソード」と診断される。実に機械的なものだが、これを「操作的診断」という。適当に組み合わせれば、誰でも「うつ病」にしてしまえそうである。そもそも、この無味乾燥なマニュアルでは、その人の遺伝的体質や脳の病変、家族や社会との関係など、そういう本質的なことが何も議論されていない。だからDSMは、精神疾患の本質を捉えていないと批判されている。軽薄なアメリカ的マニュアル主義が世界標準で良いのか、ということも問われなければならない。
 
しかし、ある日、いつものクリニックからの帰り道に、主治医との会話を反芻しながら、自分の考えのほうが転倒していたのではないかと思い始めた。病気の正体を正確に特定してから治療を行うという方針は正論かもしれないが、いくら検査しても病変が特定できないという現状では、見切り発車で治療にとりかかるほうが先なのだ。そこが学者と医者の考え方の違いだろうか。つまり「うつ病だから抗うつ薬を服用する」のではなく、「抗うつ薬が効くから(仮に)うつ病とする」という逆の発想である。「心の病気」とはいっても「心」それ自体は直接計測することができない。物質的なバイオマーカーも見つからない。だから操作的診断基準でチェックし、そして処方薬の効果から病状を逆算するしかない。たとえば「知能テストで『知能』が測れるのか」という問題に対して、「知能テストの点数を(仮に)『知能』と定義する」とする考えは、心理学においては一般的であり、これを科学哲学では「操作主義 operationalism」と呼ぶ。操作主義は、事物の本質を論じない。本質は存在しない、というのではなく、本質があるかどうかはともかく、現象が操作可能であれば、本質を論じる必要がない、という立場である。DSMは操作的診断マニュアルであり、最初から病気の本質なるものを扱おうとしていないのである。


抗うつ薬プラセボの効果の比較[*5]

逆に、本当に効く可能性がある薬でも「薬が効かない」、あるいは有害な副作用が出る、と思うことで、薬の効き目があらわれなかったり、予想したとおりの副作用が出たりする。これをノセボ効果(nocebo effect)という。

プラセボ効果が無視できないような薬の効き目を調べるためには、実験群に効く可能性のある薬を投与し、対照群にはプラセボを投与し、効き目の違いを確かめる必要がある。実験者じしんが本物の薬かプラセボかを知っていると、被験者にそのことが伝わってしまう可能性があるので、実験者にも本物の薬かプラセボかを知らせない方法で実験を行うと、より正確な結果がえられる。これを二重盲検法[*6]ダブルブラインドテスト double blind test)という。

象徴的効果と共時性

象徴的な物語や儀礼的な行為によってプラセボ効果は増強される。

チベットの呪医は、クライエントから、病気の原因になっている物体を吸い出して、それを捨てるという儀礼を行う。


ネパール、ポカラ近郊のチベット難民村[*7]で、パウォ(呪医)が、腹痛を訴える少女の身体から、病気の原因とされる石を吸い出してみせている[*8]
 

パウォが吸い出し、皿の上に吐き出した、病気の原因とされる石[*9]

日本文化における「痛いの痛いの飛んでけ」といった呪文もまた、こうした「象徴的効果( eficacia simbólica)」[*10]の一種であろう。

白衣を着た医師に処方された薬や、あるいはフランス語の名前がついた薬などでプラセボ効果が高まるとしたら、それは近代医学における儀礼的行為であり、象徴的効果である。「テレビで効くと言っていた」というのも、ある種の神話的情報である。


睡眠薬「ベルソムラ(belsomra)」の広告。フランス語で「美しい眠り」という意味である[*11]

逆に、病院や医者が嫌いであるとか、化学的に合成された薬物を身体に取り入れることに抵抗がある場合には、むしろノセボ効果があらわれるかもしれない。

心理療法においては、セラピストとクライエントが作り出す「物語」によって治癒が進むという部分が大きい。ユングは因果性とは異なる原理として共時性(Synchronizität / synchronicity:シンクロニシティ)を提唱した。(→「集合的無意識と共時性」)

祈祷には象徴的効果以上の作用があるのか

象徴的効果以前に、祈祷のような行為に(とくに肉体的な)病気を治すような効果があるのだろうか。(→「アマゾン先住民シピボのシャーマニズム」)

それは、ア・プリオリa priori:先験的)に「ない」と決めつけることはできない。実証的な研究をしなければ真偽は確かめられない[*12]。もし「効果がない」と証明できれば、それまでであるし、「効果がある」と証明できれば、それを活用すればよい。そうすればむしろ、その治療法は特定の個人や集団の専有物にならない。「効果がある」と証明できれば、その未知の相互作用を解明すること自体にも意味がある。

こうした研究を行うべきではないという考えもあるだろう。しかし、たんにそれが怪しげであるからというのは合理的的な理由ではない。ただし「効果がある」という可能性が非常に低い場合、見込みのないことに労力をつぎ込む価値はない、という論理は成り立つ。

未解明の医療の問題点

もし有害なものであれば、その方法は有害であるが、未解明の医療の多くは、仮に効果がなくても、それ自体では問題ないものが多い。

未解明の医療については、仮に効果がなくても、プラセボ効果はある。結果的に自然治癒することもある。「代替医療」と呼ばれるものの問題は、通常の医療が使われないことによって起こる。たとえば「山口新生児ビタミンK欠乏性出血症死亡事故」の場合、「ホメオパシーで死者が出た」と解釈するのは誤りである。通常の医療と代替医療を相反するものではなく、両方使っていこうという立場を「統合医療」と呼ぶこともある。

エビデンスが不十分な代替医療を、ただ疑似科学として非難しても問題は解決しない。化学的に合成された薬を体内に入れることへの抵抗や、漢方薬なら天然の生薬だから副作用が少ないのではないか、といった感覚は、誰もが抱きうる。

その背後には、正統的とされる医学の権威への不信があり、さらには自然/文化という象徴的二元論に基づく、人工的な文明の行き過ぎへの不安と、自然への回帰という、神話的思考が存在することについての議論が必要とされる。



2017/05/22 JST 作成
2019/06/07 JST 最終更新
蛭川立

*1:これを「根拠に基づく医療EBM: Evidence Based Medicine)という。もっとも、あまりにも「エビデンス」にこだわりすぎる医療のことを「Evidence Biased Medicine」として行きすぎを戒める考えもある。

*2:国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)・株式会社ジーンクエスト (2018).「肥満や高脂血症、食生活・運動習慣がうつ病と関連~11,876人を対象とした大規模ウエッブ調査で明らかに~」『国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター』

*3:前掲ウェブサイト

*4:蛭川立 (2016).「積極的な『沈黙』としての実証主義」『心物問題の形而下学に向けて』より、多少端折って引用。

*5:Hieronymus, F., Nilsson, S. & Eriksson, E. (2016). A mega-analysis of fixed-dose trials reveals dose-dependency and a rapid onset of action for the antidepressant effect of three selective serotonin reuptake inhibitors. Translational Psychiatry, 6, e834.

*6:「盲」という言葉を避ける場合には、ダブルブラインドという片仮名が使われることが多い。

*7:

*8:蛭川立・塩月亮子 (1999).『意識変容の人類学』新宿スタジオ.

*9:蛭川立・塩月亮子 (1999).『意識変容の人類学』新宿スタジオ.

*10:レヴィ=ストロース, C. 荒川幾男・生松敬三・川田 順造・佐々木 明・田島 節夫(訳)(1972).「象徴的効果」『構造人類学みすず書房. (Lévi-Strauss, C. (1958). Anthropologie structurale. Plon.)

構造人類学

構造人類学

*11:「ベルソムラ」はMSD株式会社から発売された睡眠薬オレキシン作動性睡眠薬であるスボレキサントの商品名である。

*12:キュウリの傷を「ヒーリング」するという研究をしている小久保秀之は「今回開発した方法でヒーリング能力が認められたとしても、そのことから直ちに「人を癒す能力がある」とは言えない。あくまで実験試料の発光強度が変化したというだけである。しかし、少なくとも、能力が無いのに高い治療代を得ている詐欺師を排除できる」と述べている。
小久保秀之 (2008).「ヒーリングの生体組織に与える効果量の測定法の研究」『IRI 生体計測研究所』(2019/05/12 JST 最終閲覧)