パーソナリティと遺伝子

5因子モデル

心理学では、ユングの内向性ー外向性など、様々なパーソナリティの特性論・類型論が論じられてきたが、理論から演繹されたモデルはどれも不十分であり、因子分析による研究が進むにつれ、ゴールドバーグの特性5因子論(big five:ビッグファイブ)が標準的なモデルとして用いられるようになってきている[*1]

この5因子は、頭文字をとってOCEANと呼ばれることもある。

経験への開放性 Openness to experience
誠実性 Conscientiousness
外向性 Extraversion
調和性 Agreeableness
神経症傾向 Neuroticism

ビッグファイブは特定の理論から演繹されたものではなく、帰納的、経験的に構成されている。

クロニンジャーの7因子モデル

ビッグファイブに対し、クロニンジャーの7因子モデルは、遺伝的な要素の強い4個の「気質」と、後天的な要素の強い3個の「性格」を仮定した理論的、演繹的なモデルである。

気質 Temperament 対応する物質
新奇性追求 Novelty Seeking ドーパミン
NS1 探究心(vs. 厳格)
NS2 衝動(vs. 熟考)
NS3 浪費(vs. 倹約)
NS4 無秩序(vs. 組織化)
損害回避 Harm Avoidance セロトニン
HA1 予期懸念・悲観(vs. 無抑制の楽観)
HA2 不確実性に対する恐れ
HA3 人みしり
HA4 疲労性・無力症
報酬依存 Reward Dependance ノルアドレナリン
RD1 感傷
RD3 愛着
RD4 依存
持続 PerSistance
性格 Character 志向の対象
自己志向 Self Directedness 個人
SD1 自己責任(vs. 対人非難)
SD2 目的指向性(vs. 目的指向性の欠如)
SD3 臨機応変
SD4 自己受容
SD5 啓発された第二の天性
協調性 CoOperaiveness 社会
C1 社会的受容性(vs. 社会的不寛容)
C2 共感(vs. 社会的無関心)
C3 協力(vs. 非協力)
C4 同情心(vs. 復讐心)
C5 純粋な良心(vs. 利己主義)
自己超越性 Self Transcendence 宇宙
ST1 霊的現象の受容(vs. 合理的物質主義)
ST2 自己忘却(vs. 自己意識経験)
ST3 超個的同一化(vs. 自己弁別)

このうち、気質の4番目の因子である固執は、報酬依存から派生したものである。7因子の妥当性は、質問紙(TCI: Temperament and Character Inventory)において、それぞれの因子がほぼ独立であることが確かめられている。(日本語版TCIも作成されており[*2]訳語はこれに従った。)

精神医学におけるパーソナリティ障害は、診断上の必要もあり、クラスタに分ける方式をとっている。クロニンジャーの理論は、パーソナリティ障害をディメンジョンによって評価できる可能性を示唆しているが、このモデルは必ずしも支持されていない[*3]。

遺伝率と遺伝子

新奇性探求と関連する神経伝達物質として仮定されているのがドーパミンだが、これに対応する遺伝子の多型として、ドーパミンD4レセプターをコードするDRD4遺伝子の塩基の繰り返し数と相関があると報告されている。DRD4遺伝子のプロモーター部位にあるrs1800955と新奇性探求の相関も指摘されている。CCとCTではTTに比べて新奇性探求得点が高いという[*4]

また、セロトニントランスポーターをコードする5-HTTLPR遺伝子の塩基の繰り返し数と損害回避との相関はないが、ビッグファイブの神経症傾向との相関は見いだされており[*5]、うつ病などの精神疾患や、民族による頻度の違いなどが研究されている。SNPではrs11867581の、Gに対するAの頻度が、rs11867581の、Aに対するCの頻度が5-HTTLPR遺伝子の繰り返し数に対応している[*6]

一方、報酬依存や固執とはっきり相関する遺伝子は、ノルアドレナリン関係を含め、見つかっていない。

その後のゲノムワイド研究によっても、TCIの四気質のいずれの因子とも関連する遺伝子は見いだされなかったという報告がある[*7]。

ビッグファイブの5因子のすべてが0.4程度の遺伝率を示すのと同様、クロニンジャーの7因子のすべても0.4程度の遺伝率を示すことが明らかになっており[*8]、「気質」は先天的で「性格」は後天的という理論も支持されていない。パーソナリティのような心理的個性も、遺伝的な要素が強いことがうかがわれる。とはいえ、性格の三因子、自己志向性、協調性、自己超越性についても特定の遺伝子との関係ははっきりしない。

しかも、一卵性双生児の知能やパーソナリティは、むしろ年齢とともに似てくるという研究もある[*9]。これは、人間が環境の要因によって異なる発達を遂げるというよりは、資質に合った環境を選んでいくからだという解釈が可能である。多くの子どもは公立の小中学校に進むが、大学や職業においては、多様な選択肢が可能になり、より個性を発揮できる進路が選べるようになると考えられる。

いずれにしても、パーソナリティの遺伝率が0.4程度と高かったとしても、それは量的形質であって、2、3個の遺伝的多型によって説明されるものではない。これは、知能や精神疾患の遺伝とも同じである。

二つのモデルの相互関係

ビッグファイブの5因子とクロニンジャーの7因子の相関関係について、双生児を対象とした研究では、5因子論の開放性と7因子論の自己超越性は相関するが、一方で開放性は知能とは正の相関があり、自己超越性は知能とは負の相関があるという結果が得られている[*10]。


記事の自己評価 ★★★★☆
2016/11/28 JST 作成
2019/10/21 JST 最終更新
蛭川立

*1:日本語では以下の著書が良い概説である。
ネトル, D. 竹内和世(訳)(2009).『パーソナリティを科学する―特性5因子であなたがわかる―』白揚社. (Nettle, D. (2007). Personality: What Makes You the Way You Are. Oxford University Press. )

村上宣寛・村上千恵子 (2017).『主要5因子性格検査ハンドブック―性格測定の基礎から主要5因子の世界へ―』筑摩書房.

*2:木島信彦・斎藤令衣・竹内美香・吉野相英・大野裕・加藤元一郎・北村俊則 (1996). Cloninger の気質と性格の7次元モデルおよび日本語版 Temperament and Character Inventory (TCI) 精神科診断学, 7, 379-399.

*3:中澤清 (2009). 人格障害をモデルにしたパーソナリティ検査に関する研究(7) 日本心理学会第73回大会発表論文集, 61.

*4:林勝彦・高尾正克・岡田円治(制作統括) (2003).『NHKスペシャル 驚異の小宇宙 人体III 遺伝子DNA 第5集 秘められたパワーを発揮せよ~精神の設計図~』NHKエンタープライズ.

に、映像による解説がある。

*5:Munafò, M. R., Freimer, N. B., Ng, W., Ophoff, R., Veijola, J., Miettunen, J., Järvelin, M-R., Taanila, A. & Flint, J. (2009). 5-HTTLPR Genotype and Anxiety-Related Personality Traits: A meta-analysis and new data. American Journal of Medical Genetics, 150B, 271-281.

*6:林勝彦・高尾正克・岡田円治(制作統括) (2003).『NHKスペシャル 驚異の小宇宙 人体III 遺伝子DNA 第5集 秘められたパワーを発揮せよ~精神の設計図~』NHKエンタープライズ.

に、映像による解説がある。

*7:Verweij, K. J., Zietsch, B. P., Medland, S. E., Gordon, S. D., Benyamin, B., Nyholt, D.R., McEvoy, B. P., Sullivan, P. F., Heath, A. C., Madden, P. A., Henders, A. K., Montgomery, G. W., Martin, N. G. & Wray, N. R. (2010). A genome-wide association study of Cloninger's temperament scales: implications for the evolutionary genetics of personality. Biological Psychology, 85, 306-317.

*8:Ando, J., Ono, Y., Yoshimura, K., Onoda, N., Shinohara, M., Kanba, S. & Asai, M. (2002). The genetic structure of Cloninger's seven-factor model of temperament and character in a Japanese sample. Journal of Personality, 70, 583-609.

*9:要出典

*10:敷島千鶴・木島伸彦・安藤寿康 (2012). Cloningerのパーソナリティ7次元とIQ―遺伝要因と環境要因の重なりから パーソナリティ研究, 21 197-200.