精神展開薬(サイケデリックス)

精神展開薬(psychedelics: サイケデリックス)は、単純明快な分子構造でありながら、特異体験、神秘体験、あるいは宗教体験といった強い変性意識状態を引き起こすことから、こうした体験が意外に単純なメカニズムで引き起こされることを示唆している。しかし、一見単純そうな神経伝達物質による化学反応がどのように組み合わされて複雑な認知や思考のプロセスを生み出すのか、そのメカニズムについては、依然としてよくわからないことが多い。

主要な精神展開薬

インドール系精神展開薬

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インドール[*1]

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セロトニン(5-HT)[*2]

神経伝達物質であるセロトニン(5-HT)は、インドール核を持つインドールアミンである。

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ジメチルトリプタミン(N,N-DMT)[*3]
 

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シロシン(4-HO-DMT)
 
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シロシビン
 
シロシビンは4位の「-OH」が「-O-PO4」となっているが、体内では消化酵素によって分解され、シロシンに変化する。)[*4]

アヤワスカ茶の有効成分であるジメチルトリプタミンや、シビレタケの有効成分であるシロシン、シロシビンなど、精神展開薬の多くは、インドール核を持ち、セロトニン(5-HT)とよく似た分子構造を持っている。

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LSDセロトニン[*5]

LSD(リセルグ酸ジエチルアミド)は1938年、最初に化学合成され、その後、もっともよく研究されたインドール系精神展開薬だが、1960年代にアメリカで反体制的な文化と結びつき、1968年に非合法化されたという歴史を持つ。

これらのインドール系精神展開薬は、セロトニン受容体(主に5-HT2A)のアゴニストとして作用し、そのはたらきを増強すると考えられている。(シナプスにおける受容体については「神経伝達物質と向精神薬」を参照のこと。)

いわゆる「神経症圏」の疾患、つまり不安、うつ、強迫などに有効とされるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)と同様、インドール系の精神展開薬は、少量ではSSRIと同様の作用を示すが、ある程度以上では精神展開作用を示す。

カテコール系精神展開薬

モノアミン系神経伝達物質のもうひとつのグループが、カテコール基を持つカテコールアミン神経伝達物質である。

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ドーパミン[*6]
 
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ノルアドレナリン[*7]
 
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アドレナリン[*8]

アミノ酸であるL-チロシンから、L-ドーパ、ドーパミンノルアドレナリン、アドレナリンの順に生合成される。

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メタアンフェタミン[*9]

メタアンフェタミンなど、精神刺激薬の多くはカテコールアミン神経伝達物質と構造が似ており、交感神経を興奮させるなど、類似の向精神作用を持つ。

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メスカリン[*10]

いっぽう、ペヨーテやサン・ペドロの有効成分であるメスカリンもまたカテコールアミン神経伝達物質と似た分子構造を持つにもかかわらず、LSDやシロシビンとほぼ同様の作用を示す精神展開薬である。また、やはり同様の分子構造を持つMDMAなどの共感薬(エンタクトゲン)は、精神刺激薬と精神展開薬の中間的な向精神作用を持つ。(→共感薬については「共感薬(エンタクトゲン)」を参照。)

このことは、精神展開薬が単純にセロトニン受容体のアゴニストとしてセロトニン系の神経系を活性化するだけではなく、より複雑な作用機序を持つことを示唆している。

「精神展開薬」という呼称

変性意識状態を引き起こす物質の呼称として最も良く用いられるのが、英語の「psychedelics」である。これはギリシア語の「psychē(魂)」と「delos(顕現)」から作られた英語である。無意識が意識化するといった意味であり、日本語では「精神展開薬」と訳されるが、そのまま「サイケデリックス」と表記されることも多い。ただし「サイケデリック」というカタカナ語は、特定のサブカルチャーと結びつくことで、医学的に中立な語でなくなってしまったため、医学的には「精神展開薬」や「精神拡張薬」といった訳語が用いられる。

「幻覚剤(hallucinogen)」も一般的な同義語だが、「幻覚」は有害な副作用だけを想起させる呼称で、中立的ではない。積極的に神秘体験を引き起こすという意味では「entheogen」という呼称が提案されている。これは「エンテオゲン」、「エンシェオジェン」、または「顕神薬」と訳されるが、「神(theo)」という語が用いられているので、宗教的なニュアンスが強く、やはり中立的ではない。

呼称の統一が難しい物質群だが、それだけ多様な体験を引き起こしうる物質群だということもできる。(「向精神薬の呼称」も参照のこと。)

伝統文化の中の精神展開薬

精神展開薬を含む薬草は世界各地の伝統文化で、もっぱら呪術・宗教的な儀礼の中で用いられてきた。ただし、こうした薬草の使用は、とくに中南米の先住民文化に偏っている。アマゾン川上流域のアヤワスカ(「アマゾン先住民シピボのシャーマニズム」)、オリノコ川流域のヨポ、エペナ、アンデスのサン・ペドロ、中米南部のシビレタケ、中米北部のペヨーテなどであり、そのほかには、西アフリカのイボガがある。

精神展開薬に準ずる作用を持つ薬草としては、シベリアのベニテングタケ、東〜南アジアの大麻、南太平洋のカヴァなどがある。(→「意識変容の人類学」「死生観の人類学」「『茶』の文化的バリエーション」)

ベニテングタケの有効成分であるイボテン酸、ムッシモール、大麻の有効成分であるTHCなどのカンナビノイド、カヴァの有効成分であるカヴァインなどのカヴァラクトン類を「minor psychedelics」と呼ぶこともある。この場合、シロシビン、LSD、メスカリンなどの、狭義の精神展開薬は「major psychedelics」として区別される。

【付記】精神展開薬関連書籍

精神に作用する薬物全般を、なんとなく「麻薬」や「ドラッグ」としてまとめた本は多いが、サイケデリックスに絞った書物で、かつ日本語で読めるものは少ない。

ポーラン(2018)『幻覚剤は役に立つのか』亜紀書房

原題は『あなたの人生をどう変えるか』なのだが、日本語読者向けに、幻覚が見える麻薬、というイメージを変えるためにタイトルを超訳したのだろう。精神展開薬の現代史、とくに2000年代以降の「サイケデリックルネッサンス」における精神医学への応用についての、わかりやすい読み物であり、サイケデリックスの作用を端的に「人を思いっきりひっぱたいて、自分の物語から目覚めさせ」る、システムの再起動だと指摘している(P. 449)。日本語で読める本としては随一だが、体系的な本ではなく、物語風に読み流せる一冊。(というより、日本語で読める概説書がほとんどないというのが現状である。)

グリーンスプーン・バカラー(1979)『サイケデリック・ドラッグ』工作舎

日本語で読める体系だった概説書としてはこの一冊。精神展開薬の歴史、個々の物質、その哲学的、心理学的な含意などを体系的にまとめた事典的な内容。ただし、すこし内容が古く、訳の日本語もあまりよくない。

1979年に出版された原書のタイトルは「サイケデリック・ドラッグ再考」であり、1971年の規制以前を総括して振り返りつつ、改訂版ではMDMAなどの新しい薬物の可能性を展望している。古い本であるのに古さを感じさせないのは、1980年代から1990年代にかけて、研究が停滞していたからでもある。

CE2016/10/10 JST 作成
CE2022/02/24 JST 最終更新
蛭川立

*1:1H-Indole」『Wikimedia Commons』(2021/10/22 JST 最終閲覧)

*2:セロトニン」『Wikipedia』(2021/10/22 JST 最終閲覧)

*3:Dimethyltryptamine」『Wikimedia Commons』(2021/10/22 JST 最終閲覧)

*4:シロシン」『Wikipedia』(2021/10/22 JST 最終閲覧)

*5:Nichols, D. E. & Barker, E. L. (Associate Editor) (2016). Psychedelics. Pharmacological Reviews, 68, 264-355.

*6:ドーパミン」『Wikipedia』(2021/10/22 JST 最終閲覧)

*7:ノルアドレナリン」『Wikipedia』(2021/10/22 JST 最終閲覧)

*8:アドレナリン」『Wikipedia』(2021/10/22 JST 最終閲覧)

*9:メタアンフェタミン」『Wikipedia』(2021/10/22 JST 最終閲覧)

*10:メスカリン」『Wikipedia』(2021/10/22 JST 最終閲覧)