心理学における「異常」と「超常」

超心理学(parapsychology)とは、超常現象(paranormal phenomena)を対象とする心理学の一分野である。しかし、「超」心理学や「超」常現象という訳語は、いささか意味不明である。あるいは、一種の「いかがわしさ」さえ感じさせる。

以下、断りがないかぎり、欧語は英語で表記するが、「paranormal」や「parapsychology」という語の意味するところは、19世紀末、現代的心理学の黎明期に使われるようになったフランス語の「psychologie pathologique」にまで遡るという。これに対応する概念として英語では「abnormal psychology(異常心理学)」の語が用いられたが、ここでいう「abnormal」という語は、「subunormal」「supernormal」「paranormal」という三個の下位概念を含んでいた。

「subnormal」とは、普通以下という意味であり、それは病的な精神異常というニュアンスがあり、精神疾患の治療という実用的な必要性もあって、この分野の研究が「psychiatry(精神医学)」や「clinical psychology(臨床心理学)」として発展し、現在に至る。

いっぽうの「supernormal」は、普通以上という意味であり、たとえば天才的な創造性がこれに相当する。この概念は、病跡学(pathography)のような、精神異常と創造性の両面を研究する分野に受け継がれている。

そして、第三の「paranormal」であるが、接頭辞「super-」が「超」であるのに対し、「para-」は、化学などの分野で「側」と訳される。普通ではないが、といって、普通以上でも普通以下でもない、上でも下でもない、強いて言えば「横」というニュアンスである。だから「para-」を「超」と訳すのは、誤訳である。

西欧での心理学の黎明期には、精神疾患(とくに「ヒステリー」)、心霊現象、催眠、夢などの多様な現象が、まだ未整理の状態にあった。それより以前の時代には、神がかりや心霊現象は、自然現象(natural phenomena)を超えた「超自然現象(supernatural phenomena)」だと考えられてきたのだが、「心霊現象(psychic phenomena)」を科学的な心理学の研究対象とし、それと病理的なものを区別しつつ、催眠や夢など、正常な人間の変性意識体験が「paranormal」な現象として整理されていった。この分野の研究は、当初は「psychical research(心霊研究)」と呼ばれることが多かったが、より実験心理学的な方法で研究する分野は「parapsychology」と呼ばれるようになった。

西欧から心理学を輸入した日本では、「parapsychology」には「超心理学」という訳語が、「abnormal psychology」には「異常心理学」または「変態心理学」という訳語が当てはめられた。その後「異常心理学」は臨床心理学の中に吸収されていく。

夢や、催眠によって誘導されるトランス状態等の、正常の範囲内での特殊な意識状態は「ASC: altered states of consciousness」と呼ばれるようになり、これは「変性意識状態」と訳される。それを二語に約めたものが「変態」の本意に近い。しかし「変態」は、もっぱら性的倒錯を意味する俗語へと変化していった。現在では「hentai」の語が、日本発のサブカルチャーとして逆輸出されている。

「parapsychology」が、ESPやPKなどの現象を客観的にとらえようという方向に収束してきたのに対し、臨死体験明晰夢などの、異常ではないが特殊な体験自体を、あらためて「anomalous experience」と名づけて研究していこうとしているのが「anomalistic psychology」である。この語には定訳はないが、「特異体験/特異心理学」や「変則的体験/変則的心理学」といった日本語が使われている。



2019/06/27 JST 作成
2019/06/28 JST 最終更新
蛭川立