「研究プログラム」

科学の「境界設定の問題」においては、ポパーの「反証主義[*1]とクーンの「パラダイム論」[*2]が対比させられる。それぞれ、科学はどうあるべきかと考える科学論・科学哲学の立場と、科学はどう発展してきたかをみる科学史科学社会学の立場の表明である。

科学史のない科学哲学は空虚であり、科学哲学のない科学史は盲目である」という[*3]という視点から、二つの立場を止揚するのが、ラカトシュの「研究プログラム(リサーチプログラム, research program)」である。

「研究プログラム」は、「堅い核」と、その防御帯となる「補助仮説」からなる[*4]。「変則事例」が見つかっても、それがすぐに「反証事例」となり、研究プログラムが反証されるわけではない[*5]

ラカトシュは『方法の擁護』の中で、研究プログラムの古典的実例として、ニュートンの重力理論を挙げている。その後の議論では、量子力学特殊相対性理論の形成史が取り上げられているが、むしろ、わかりやすい例は、天王星よりも外側の惑星と、水星よりも内側の惑星をめぐる科学史であろう。

天王星の軌道はニュートン力学から導かれる計算に合わない。これは「変則事例」である。それに対し、天王星よりも外側に未知の惑星が存在し、天王星の軌道はその重力の影響を受けているとするのが「補助仮説」である。海王星の発見によって補助仮説は確かめられ[*6]ニュートン力学の「固い核」は反証されなかった。これは「退行的研究プログラム」である。

いっぽう、水星の軌道もニュートン力学から導かれる計算に合わない。これも「変則事例」であり、水星よりも内側に未知の惑星「ヴァルカン」が存在し、水星の軌道はその重力の影響を受けているとするのが「補助仮説」である。しかし、ヴァルカンは発見されなかった[*7]。ここで「変則事例」は「反証事例」となり、ニュートン力学は反証される。太陽という質量の大きい天体の近傍では、ニュートン力学による近似では不十分であり、一般相対性理論という、より包括的な重力理論が必要となる。これは「前進的研究プログラム」である。

天王星の運動という「変則事例」に対し、海王星の存在という「補助仮説」によって、ニュートン力学の「固い核」を守ろうとする「退行的研究プログラム」は、しかし、科学の進歩を妨げるという側面だけでは評価できない。ここでニュートン力学を守るのは、より単純な説明をよしとする「オッカムの剃刀」という「単純性」を満たすのであり、単純性を守るための「保守主義」は、重力理論を無用に複雑化させないためには必要なことである[*8]

たとえば、今のところ、自然現象は四個の相互作用で説明されているが、それに従わない「超常現象」のような「変則事例」が観測されたとき、それをすぐに「反証事例」とみなし、それに対し、第五の力といった理論を性急に持ち出すことに対しては「保守主義」の立場から、慎重にならなければならない。



記述の自己評価 ★★☆☆☆
(文章が推敲不足。出典の記述が不十分。)
CE2020/03/21 作成
蛭川立

*1:

*2:

科学革命の構造

科学革命の構造

*3:ラカトシュ, I. 村上陽一郎他(訳)(1986).『方法の擁護—科学的研究プログラムの方法論—』, 新曜社, 152.

*4:ラカトシュ, I. 村上陽一郎他(訳)(1986).『方法の擁護—科学的研究プログラムの方法論—』, 新曜社, 71.

*5:ラカトシュ, I. 村上陽一郎他(訳)(1986).『方法の擁護—科学的研究プログラムの方法論—』, 新曜社, 72.

*6:日本語で読める概説としては『海王星の発見』がある。

*7:日本語で読める概説としては『幻の惑星ヴァルカン』がある。

*8:野家啓一(2001).「『実証主義』の興亡—科学哲学の視点から—」理論と方法 16(1), 3-17.(クワインの『論理的観点から』の孫引き?