肉食の象徴論 ー人畜共通感染症の文化的背景ー

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SARS関連コロナウイルスの種間伝播

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の病原体は、SARSコロナウイルス-2(SARS-CoV-2)であり、2019年に中国の湖北省武漢市近郊で、キクガシラコウモリからヒトに感染したとされている[*2]が、中間宿主がセンザンコウである可能性も指摘されている。

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SARS-CoVSARS-CoV-2、MERSの推測される感染経路[*3]

「新型」コロナウイルスというのは、このウイルスは、2002年に中国の広東省広州市付近からヒトーヒト感染が始まったSARS[*4]の病原体であるSARSコロナウイルスSARS-CoV)の同種異株である。やはり自然宿主はキクガシラコウモリで、中間宿主としてハクビシンが介在していたという可能性が高い。

漢民族の食文化

コウモリやハクビシンセンザンコウなどの動物を食用とする漢民族(それも地域によって違う)の食文化を知らなければ、同様のウイルスが繰り返し拡散してきた背景は理解できない。

同じような感染症がくり返し流行する背景には、中国の(一部の)市場でこれらの動物が売買されているところにある。SARS関連コロナウイルスは唾液、鼻汁、痰、便、尿などを通じて感染するが、キクガシラコウモリの糞から人間への感染が始まったという説がある。

いずれにしても、死んだ動物をよく加熱すれば、食べても感染しない。

中国人はイヌでもネコでも見境なく食べると言われるが、地域によっても食文化は違う。じっさい、一部の漢民族がコウモリやセンザンコウを食べるのは、美味だからというよりは漢方薬として、あるいは単に希少で珍しいからという理由のようである。貧しい人たちは野生動物しか食べられないというのは昔の話で、今はむしろ豊かな人たちが希少な動物を珍重しているというほうが実態のようだ。

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なぜ中国人は何でも食べる?」『中国国際放送局』(→動画
 
SARSから教訓をくみ取ることができなかったーーすべての中国人(漢民族)が何でも食べるわけではないが、いまだに迷信を信じている人がいる

動物食のトーテミズム

日本でも男性的精力のつく動物として、たとえばスッポンやマムシが食されてきた。成分として亜鉛などのミネラルが含まれているというのも、ある程度は事実のようだが、その形態や生態が男性的な力を「象徴」しているという理由も大きい。

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TENGA MEN'S CHARGE テンガ メンズチャージ【高純度エナジーゼリー飲料】[*5]。パッケージの背面には小さなフォントで成分が列挙されている

明朗なアダルト製品の開発で知られるTENGAの「MEN'S CHARGE」には、「サソリ」や「オットセイの骨格筋」や「ウマの心臓」といった不思議な成分が配合されている。

ハクビシンと同じジャコウネコ科のマレージャコウネコにコーヒー豆を食べさせ、排泄されたものを焙煎した「コピルアク(ジャコウネココーヒー)」は、日本では知る人ぞ知る高級品とされているらしい。

この場合は、精力がつくといった効能よりは、希少であり高価だからという理由で飲食されるのである。(→参考資料「『最高の人生の見つけ方』」)


Cafe満満堂(コピルアク、コピルアック)
「Cafe満満堂」のコピルアク。感染防止用ではなく、匂い保持用にマスクが無料配布される

マレージャコウネコからはハクビシンと同様、SARS関連コロナウイルスが検出されている[*6]

東京の喫茶店謎の肺炎が発生し、世界を恐怖と混乱に巻き込んでいく、ということさえ起こりかねない。中国で起こったことは、けっして対岸の火事ではない。

動物食の倫理と象徴論

とくに欧米では希少な野生動物の食用を禁止すべきだという世論が高まっており、中国も今年になって野生動物の取り引きを禁じる法律を制定した。

https://www.newsweekjapan.jp/headlines/images/world/2020/02/21/2020-02-21T024458Z_2_LYNXMPEG1H02D_RTROPTP_3_SARS-CHINA-MARKET.jpg
市場で食用として売られているハクビシン広東省広州市・2003年10月)[*7]

しかし、こうした議論には混乱がみられる。もしウイルスが野生動物の糞から感染するのだとしたら、野生動物を殺すことや、野生動物を食べることとは関係がないからである。

また、感染症を媒介する野生動物が希少種であるとはかぎらない。たとえばSARSを人間に感染させた疑いの高いハクビシンは、たとえば東京のような都市環境に適応し、むしろ増加しつつある。

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東京都におけるハクビシンとアライグマの捕獲数(個体数ではない)[*8]

問題は以下のように整理することができる。

  • 野生動物が生きたまま市場で売られているから、その排泄物などから病原体が感染する。
  • 野生動物を食べる習慣に問題がある。
    • これは、日本人がクジラを食べることへの批判と同じである。これは、食文化の相対性に対する問いかけである。
  • 絶滅が危惧されている希少種を乱獲してはいけない、という問題。
  • そもそも動物を殺して食べることが倫理的に良くないという考えもある。
    • 菜食主義、ベジタリアンにも、健康上の理由と、倫理的な理由がある。これは、動物を殺す人たちを差別するのはよくない、という問題とも結びついている。
  • 動物も植物も区別なく、およそ生き物を傷つけたり殺したりすること自体が問題だという考えもある。
    • これは、とくにインドの精神文化で顕著であり、インドには、生物の分泌物、たとえば蜂蜜と乳製品しか食べないという行者もいるし、最終的にはなにも食べずに餓死する、さらには他の動物に食べられることを良しとする極論もある。
    • それは極端で非現実的かもしれないが、たとえば工場で非生物的な有機物から食品を合成することは技術的には可能である。すでに、そのようにして合成されているサプリメントや調味料は多数存在する。

こうした文化の多様性は、どこまでが一般的な倫理で、どこからが個別の文化として尊重されるべきなのか、普遍的な倫理の問題として線を引くのは難しい。

まずは、それぞれの文化的背景を理解する必要がある。それは必ずしも合理的な理由(栄養があるから、美味しいから)だけではなく、象徴的な理由(薬効がありそうだから、珍しいから、高価だから)であることは少なくない。(→「【資料】レヴィ=ストロース『今日のトーテミスム』」)



記述の自己評価 ★★☆☆☆
(議論は一般的だが、具体的な一次資料が少ない)
CE2020/05/17 JST 作成
蛭川立

*1:免責事項にかんしては「Wikipedia:医療に関する免責事項」に準じています。

*2:市場ではコウモリは売られておらず、武漢のウイルス研究所で研究されていたコウモリ由来のウイルスから感染が始まったという説もある(→「SARS関連コロナウイルスの研究所内感染」私も学生時代にウイルス研究施設で実験助手をしていたことがあったので、こうした事故は他人事だとは思えない。→「遺伝子解析は京大ウイルス研で学んだ」)

*3:Ye Yi, Philip N.P. Lagniton, Sen Ye, Enqin Li and Ren-He Xu (2020). COVID-19: what has been learned and to be learned about the novel coronavirus disease. International Journal of Biological Sciences, 16, 1753-1766.

*4:この時期に中国で調査をしていた件については「2003年、SARS流行下、中国での調査記録」に長々と書いた。

*5:明治大学駿河台校舎近辺のコンビニエンスストアで販売されていたものを服用してみたが、作用も副作用も感じなかった。滋養強壮をうたった飲料にはカフェイン(ガラナにも含まれる)が入っていることが多く、それが一時的な覚醒作用をもたらす。

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*6:Li,Chun, Yanling Yang, Linzhu Ren (2020). Genetic evolution analysis of 2019 novel coronavirus and coronavirus from other species. Infection, Genetics and Evolution, 82, 1-3.

*7:[無署名記事](2020).「焦点:感染源は野生動物か、それでも衰えぬ中国の『食欲』」『ニューズウィーク日本語版』(2020/04/08 JST 最終閲覧)SARSの感染源がハクビシンだとは確定していない。コウモリという説も有力である。「中国では」市場で野生動物を売っているという写真が流布してるが、それが中国のどこかという場所を明記しなければ情報としての価値は低い。

*8:[無署名記事](2019).「ハクビシンやアライグマからの被害を防ぐために」『新宿区』(2020/05/17 JST 最終閲覧)