南島の茶道 ーカヴァの伝統と現在ー

カヴァとビンロウ

それぞれの文化にはそれぞれの伝統に根ざした嗜好品があり、それぞれの文化の中で象徴的な役割を果たしている。オセアニアの場合、西部ではビンロウジュ(Areca catechu )が、東部ではカヴァ(Piper methysticum )がそのような植物として使用されている。


ビンロウジュの実(ミクロネシア・ヤップ島)

ビンロウジュの実には貝殻を焼いてつくった石灰をかけ、キンマ(Piper betle )の葉でくるんで噛む。アレコリンという興奮剤の作用によって眠気やだるさがとれる。興奮剤は世界中で広く使用されているが、われわれにもっとも身近な例を挙げるなら、コーヒーを飲む感覚に近いかもしれない。

カヴァの文化史

ビンロウジュの実がどちらかといえば日常的な嗜好品であるのにたいし、いっぽうのカヴァはもっと儀礼的な植物として認識されている。コショウ科の草本で、根にカヴァラクトンと呼ばれる一群の脂溶性物質が含まれており、酒のように心身をリラックスさせ、対人関係の緊張を弱める(「エンタクトゲン(共感薬)」を参照のこと)むしろ感情は平穏になり、感覚は敏感にさせるという独特な向精神作用を持っている。




カヴァの伝播と分布[*1]。カヴァはメラネシア原産の植物で、ミクロネシア東部とポリネシアに伝播した。

「酒は人間を乱暴にさせる気違い水[*2]、カヴァは人間を落ち着ける平和の水」だと人々は言う。カヴァは人間と人間、人間と自然、人間と超自然との距離を縮める役割を果たしている。


カヴァ(シャカオ)の根(ミクロネシア・ポーンペイ島)

カヴァに似た作用を持つ嗜好品をわれわれの文化の中で探すのは難しいが、その根から茶を点てる、静かな格式ばった「点前」は、意外にも日本の茶道によく似ている(別のブログ記事「南洋の礼儀作法」も参照のこと)。

カヴァ茶の点てかたは島によって少しずつ違う。ミクロネシアのポーンペイ島の場合、掘り起こしたシャカオ(カヴァ)の根を玄武岩の叩き台の上で、川の水とともに細かく砕き、ハイビスカスの樹皮でくるんで茶を絞る。カヴァラクトン類は脂溶性であり水に溶けないので、ハイビスカスの樹皮のとろみ成分が沈殿を防ぎ、また口当たりをやわらかにする役割を果たしている。

ポーンペイの社会ではシャカオの茶会は特別な意味を持っており、結婚式、収穫祭など、約30種類の儀礼で茶会が催されることになっているほか、かつては王の怒りを鎮め、家庭内のいざこざを収めるためにも使われたという。

総じてオセアニアの社会は長幼の序、男女の区別を重んじる社会であり、シャカオの儀礼でも茶を回し飲みする順序が重要な意味を持っている。身分や年齢の高いものが先、低いものが後、男が先、女は後である。この雰囲気も日本の茶会に似ている。そして、あくまでも男が中心の世界であるところが、むしろかつてのサムライたちの茶道文化を想い起こさせる。

カヴァがいつごろの時代からこのように飲まれていたのかははっきりしない。シャカオの根をかじって良い気持ちになっているネズミを見た人間が、その真似をして根を水に溶いて飲むようになった、という伝説がポーンペイには語り継がれている。また他の島には、大母神であるウナギの身体からカヴァなどの栽培植物が発生したという、ハイヌウェレ型の神話も伝えられている。


ポーンペイ島・ナン・マトル遺跡

11~15世紀ごろに栄えたポーンペイ島のシャウテレウル王朝の都、ナン・マトル遺跡の王の住居跡や神殿の跡地などからは、多数のシャカオ叩き台が発見されており、少なくともその時代には、すでにシャカオ茶がポーンペイ社会で重要な儀礼飲料となっていたことを示唆している。


 

 

 

ナン・マトル遺跡の神殿跡に残されたシャカオ叩き台

フォーマルなカヴァ茶会は厳粛な雰囲気であり、撮影は許されない雰囲気だったが、ポーンペイ島では観光客向けのシャカオ茶会に参加した。


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シャカオの根を搾ってココヤシの器に淹れる 
 

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長老からシャカオを手渡され一服

カヴァ文化の現在

その後カヴァを飲む習慣は、多くの島でキリスト教のミッションや植民地政府によってによって禁止された。オセアニアの島々が次々と独立国家を形成し、民族意識が高まる中、現代はふたたびカヴァのリバイバルの時代を迎えている。

カヴァを外部の世界にはじめて持ち帰ったのはイギリスの探検家ジェームス・クックである。クックはハワイでアヴァ(カヴァ)による歓待を受け、格式高いアヴァ・ボウルとともにイギリスに持ち帰った。しかし当時発達しつつあった西洋の近代社会は茶やコーヒーなどのカフェイン飲料を歓迎したいっぽう、カヴァのようにスローな、勤勉な資本主義の精神に適さない飲料は、一般的な飲料としては普及しなかった。


クックが持ち帰ったアヴァ茶碗(ロンドン、Museum of Mankind(閉館))

しかし、20世紀末のポストモダン的状況の中で、カヴァは抗うつ薬抗不安薬のハーブとして西洋世界に急速に浸透した。むしろ急激すぎるほど普及したため、ヨーロッパを中心に大量摂取による重度の肝障害が続発するという弊害が起こった。


金曜の夕方、カヴァ茶でくつろぐカヴァ研究者たち(ハワイ大学マノア校。右奥:唐(Tang)名誉教授、左奥は蛭川)

その後、ハワイ大学マノア校の唐(Tang)教授らの研究チームが、肝毒成分は主に葉や茎などの地上部に含まれていることを発見。ヨーロッパで販売されたサプリメントには(飲まずに捨てられた?)地上部が混入していたらしい。この説はまだ確実に証明されたわけではないが、もしそうなら、根だけを飲用する伝統的な点前の意味が近代科学の文脈で再確認されたということもできる。


トンガ語のカヴァは、ハワイ語ではアヴァという(2004年9月、ハワイ大学マノア校植物園)

いっぽう、もともとカヴァを儀礼的に飲んでいた島々では、カヴァのリバイバルにしたがって、カヴァをまるで酒のようにバーで飲むという現代的な飲み方のスタイルがポピュラーになってきている。


 

 

ポーンペイ島の「シャカオ・バー」

ミクロネシアのポーンペイ島では、夜になると街中に「シャカオ・バー」の屋台が出現する。ある人はビンロウジを噛みながら、またある人はシャカオをコカ・コーラで割って、それぞれの好みに応じてカジュアルにカヴァを嗜む。ビン入りカヴァをテイクアウトして自宅で晩酌を楽しむ人もいる。


オアフ島の「アヴァ・バー」Diamond Head Cove Health Bar。

ポリネシアの中では「先進」地域であったハワイでは、アヴァを飲む習慣も早い時期に衰退してしまった。しかし、フラなどの伝統文化の復興ブームと呼応するように、ようやく21世紀に入ってからオアフ島、ハワイ島などに、他の島にあるようなカヴァ・バーができ始め、そこがまた先住民としてのアイデンティティを取り戻そうとしているハワイ人たちの交流の場にもなっている。


和風の「侘びカヴァ」(東京・井の頭公園[*3]

日本でも90年代に癒し系のハーブとして、セント・ジョーンズ・ワートなどとともに、一時期カヴァ・ブームが起こりかけたが、肝障害事件でいったんおさまり、最近また復活のきざしがみられる。日本にもともとある茶道の文脈にカヴァを取り入れるなど、欧米にはみられないような新たな受容の試みもはじまっている。

追記:カヴァの薬理学

カヴァの薬理作用は抗不安作用、催眠作用、筋弛緩作用など、ベンゾジアゼピンと似ており、GABA受容体に作用すると考えられている[*4]

カヴァが合法的に流通しているアメリカでは、メラトニンカモミールブレンドした軽い睡眠薬としても売られている。

https://www.researchgate.net/publication/334620954/figure/fig6/AS:783692028977170@1563858148751/The-proposed-kavalactone-biosynthetic-network-derived-from-phenylalanine-The-biosynthetic.png
フェニルアラニンからカヴァラクトン類への生合成経路[*5]

いっぽうで、大麻と同様、共感性が高まる、感覚が敏感になる、逆耐性があるといった独特の作用は、カンナビノイド受容体(CB1)にも作用するからだという新しい仮説が提唱されており、カヴァラクトンの一種であるヤンゴニンがCB1受容体のアゴニストであることが確認されている[*6]。なおヤンゴニンとメティスティシンには肝臓でアポトーシスを促進するということも明らかになっている[*7](「大麻に類似する作用を持つ植物」に、カンナビノイド受容体作動薬を含む植物のリストを載せている)。

カヴァの服用でよく眠れるという人がいる一方で、感覚が敏感なまま眠りに入るので、夢見がヴィヴィッドになる傾向もある。明晰夢が起こりやすくなるわけではなさそうである。



【関連する文献】

付記2:カヴァの肝毒性と規制について

2000年代初頭の肝毒性問題

カヴァは、伝統的に使用されている太平洋諸島では合法であり、ハワイ州だけでなくアメリカではサプリメントとしてふつうに流通している。

2000年代の肝毒性問題の影響で、ヨーロッパや日本では医療目的以外のサプリメントとして販売することは規制されるようになった。ただし、日本では、アメリカなどから個人輸入して個人的に使用することは可能である。

厚労省の見解と茶会の中止

2007年、ハワイ大学マノア校民族植物学研究室のDavid Reedy研究員が、日本でカヴァ茶会を行うため、カヴァの根について、在ホノルル日本国総領事館に対し、問い合わせを行った。日本の厚生労働省を経由して日本語で回答が戻ってきた。Reedy研究員は日本語がわからなかったため、蛭川のところに問い合わせがきた。「伝統的な回し飲みの儀式」ではあっても、薬事法(現在の医薬品医療機器等法)が定めるところの「譲渡」に該当するため規制の対象となるとの見解であった。

カヴァ茶には共感性を高める効果があるので、一人で飲むよりも、複数でお茶会をするほうが味わい深い(伝統的にもそういう目的で使う)。法律を厳密に解釈するなら、一人ひとりが(好みの銘柄の品種の)お茶を持ち寄って、自分が買ったものを自分で飲めば、薬機法が規制する「回し飲み=譲渡」には該当しない

肝障害問題のその後

その後、カヴァ茶によって起こるとされる重篤な肝障害は(とくにアルコールとの併用により)もともと肝疾患を持っていた場合にかぎられるのではないかという研究が進み、欧州では規制の見直しが進んでいる。日本では厚生労働省の「カバを含む製品に関する情報について」という通知がWEBサイト上に掲載されたが、2003年以降の臨床研究と規制緩和についての記述がないまま終わっている。

カヴァの肝毒性の原因は未解明だが、以下の仮説が提唱されている。
 

  1. 有害な物質は茎や葉に含まれている
  2. 有効成分であるカヴァラクトン類は脂溶性で、水に溶けないので、アルコールやアセトンで抽出したときに化学変化が起こり、有害な物質が生成される

 
購入する場合、1の危険性を避けるのであれば「root」と明記されている製品を選ぶのがよい。粉末ではなく、根のままでも販売されている。

また2の危険性を回避するのであれば、「extract」と書かれている、液状、カプセル上の製品は避けたほうがよい。

法改正については、衆議院厚生労働委員会で、アメリカで合法なものは日本でも合法であっても良いのではないかという意見が出たが、これは無批判な対米追従的で医学的なエビデンスが示されていなかった。それ以上の議論が行われたかどうかについては情報を得ていない。

飲むときの注意

アメリカでは、インターネット上でカヴァを販売しているオンラインショップは多数あるが、安全性について、根拠となる研究やFDAによる注意事項が詳しく書いてあるサイトが信頼性が高い。

  • 10日以上続けて毎日飲まないほうがよい
  • 酒とは併用しないこと
  • 肝障害がある人は注意
    • 皮膚が黄色くなってきたら肝臓に負担がかかっている兆候
  • 妊娠中・授乳中は飲まないほうがよい
  • 眠くなる・筋肉が弛緩するので、自動車などの運転はしない
    • カヴァは酒と違って、頭脳は明晰なままなので、自動車も運転できそうな気がするが、筋肉がゆるむので、とっさのときにブレーキが踏めなかったりする

大量に飲み続けると、皮膚がかさかさになってはげてくる(剥脱性皮膚炎)という副作用が起こる。これは、伝統的に使用されている太平洋諸島でも一般的で、ココナツオイルを皮膚に塗るが、これは対症療法でしかない。

カヴァ関連図書

カヴァだけに特化した単行本は少ない。

日本語で読める入門書としてはこれぐらいしかない。2001年の出版で、肝臓障害が問題になる前である。良いことばかりが書かれているが、気持ちが穏やかになり、よく眠れるというのは本当のことである。

カヴァ―楽園に眠る自然薬

カヴァ―楽園に眠る自然薬

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英語からの邦訳。南太平洋の島々を巡る旅行記だが、専門的な記述もしっかりしている。

人類学から生化学まで、もっとも包括的な一冊。

医学や化学の分野についての専門書。


記述の自己評価 ★★★☆☆
(2006年に書かれた内容の不十分な記事であり、写真が表示されないという不具合を修正しただけ。追って加筆修正したい。)
CE2006/05/23 JST 作成
CE2023/03/21 JST 最終更新
蛭川立

*1: Vincent Lebot and Patricia Siméoni (2004). Is the Quality of Kava (Piper methysticum Forst. f.) Responsible for Different Geographical Patterns? Ethnobotany Research & Applications 2: 19-28.

*2:ポーンペイ島の長老の発言のママ。日本語教育を受けた世代である。

*3:このお茶会は、表千家ハワイ大学で学んだ西尾ゆう子さんの協力を得て催された。

*4:Les P. Davies Colleen A. Drew Pat Duffield Graham A. R. Johnston Dana D. Jamieson (1992). Kava Pyrones and Resin: Studies on GABAA, GABAB and Benzodiazepine Binding Sites in Rodent Brain. Toxicology and Applied Pharmacology, 71, 120-126.

*5:The biosynthetic origin of psychoactive kavalactones in kava.

*6:Alessia Ligresti, Rosaria Villano, Marco Allarà, István Ujváry, and Vincenzo Di Marzo (2012). Kavalactones and the endocannabinoid system: the plant-derived yangonin is a novel CB₁ receptor ligand. Pharmacological Research, 66(2), 163-9.

*7:J. Tang, R. A. Dunlop, A. Rowe, K. J. Rodgers, and I. Ramzan (2010). Kavalactones Yangonin and Methysticin Induce Apoptosis in Human Hepatocytes (HepG2) In Vitro. Phytotherapy Research, 25(3), 417-23.(ハワイ大学唐名誉教授らの研究)