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アヤワスカ茶を長期にわたって連用しつづけると、脳の機能やパーソナリティにどのような変化が生じるか、という二つの論文がある。
抄訳者さんから、もっと日本語で整理していただきたいという話があった。しかし、訳を吟味する以前に、予備知識が必要だということを考えた。
ブラジルにおけるアヤワスカ茶系宗教運動
背景として、まずは、ブラジルのアヤワスカ茶宗教運動の系譜を知る必要がある。
もともとアマゾン川上流域で、先住民族がアヤワスカ茶を用いていた。
そこから上下に二大流派が発生する。ハイムンド・イリネウ・セーハを開祖とするサント・ダイミと、ジョゼー・ガブリエル・ダ・コスタを始祖とするウニオン・ド・ヴェジタル(UDV)である。その後、サント・ダイミから、右下のバルキーニャが分岐する。
ダイミ、UDV、バルキーニャが、アヤワスカ系宗教運動の三大流派である。
サント・ダイミでは、中興の祖、セバスチャン教父がセウ・ド・マピアというコミュニティーを拠点に「CEFLURIS」という運動を起こし、これが大いに栄えた。ウンバンダと習合してウンバンダイミになったり、「ニューエイジ」と習合したり、さらにはブラジル国外にも広がった。ウンバンダというのは、西アフリカ系移民に由来する宗教運動で、特別な薬草を摂取したりはしない。
論文の研究協力者たちは、ブラジルでもアマゾン川の最上流地帯、ペルーと国境を接するアクレ州である。
論文の中では、都会と田舎の比較研究を行ったとされているが、都会というのはアクレ州の州都、リオ・ブランコであって、アクレ州というのは、ブラジルの中では、もっとも「辺境」だという地理感が必要である。
そして、サント・ダイミやUDVがブラジル全土に広がっているのに対し、バルキーニャはアクレを中心としたローカルなグループである。
また、セウ・ド・マピアを拠点にして活動しているCEFLURISは、アヤワスカ茶と同時に、大麻を「サンタ・マリア」と呼んで使用する習慣を取り入れている。アヤワスカ茶と大麻を同時に使うことが、教義上、あるいは法律上、問題があるといった議論がある[*3]。
それはさておき、研究のためには、DMTのようなインドールアルカロイドとTHCのようなカンナビノイドの両方を摂取すると、どちらの効果なのか区別できないので、アヤワスカ茶だけの効果を知りたければ、大麻の使用群は除外する必要がある。ちなみに、サント・ダイミやバルキーニャは、厳格なUDVとは異なり、酒やその他の薬物の摂取を禁止しているわけではない。
もういちど整理すると、ブラジルのアヤワスカ茶系宗教運動の主要な流派は、以下のように展開してきた。
- ハイムンド・イリネウ・セーハ→サント・ダイミ(アウト・サント)
- ジョゼ—・ガブリエル・ダ・コスタ→ウニオン・ド・ヴェジタル(UDV)
なお、アヤワスカ茶の飲用頻度であるが、ブラジルのふつうの都市、たとえば、私じしんが滞在していたことがあるパラナ州クリチバでは、月に二回、新月の夜と満月の夜に礼拝を開いていた。
クリチバ市郊外、バテイヤスにあるサント・ダイミの教会、セウ・ド・パラナ
セウ・ド・パラナはセバスチャンの折衷主義の流れにあり、ハレー・クリシュナ運動と習合している
セウ・ド・マピアでの頻度がはるかに多いのは、そこに住み込んで、アヤワスカ宗教としてのコミュニティを作っているという意味である。つまり、生活の大半の部分を会社勤務などですごし、時々、礼拝に参加するという人たちとは、そもそも属性が違う。
アヤワスカ茶は精神疾患を改善するのか?
上記二つの研究では、いずれもSCL-90-Rを用いて、各種の精神疾患の程度を比較している。アヤワスカ茶の作用について、第一の研究では、ほとんどの精神疾患を改善するという結果が示されており、第二の研究では、すべての精神疾患について、改善も悪化もしないという結果を出している。
アヤワスカの服用によるパーソナリティの変化
さて本題であるが、この研究では、以下のようなグループを選定して、アヤワスカ茶を服用しつづけているグループと、服用したことがないグループに分けて比較している。
アヤワスカ茶の使用 | 生活環境 | 研究対象の属性 |
---|---|---|
定期的に服用 | 都市 | バルキーニャ |
定期的に服用 | 郊外 | サント・ダイミ |
服用せず | 都市 | 一般 |
服用せず | 郊外 | 一般 |
いずれも場所はアクレ州で、都会というのは、リオ・ブランコのことである。
1回目の調査の後、1年後に2回目の調査が行われた。
パーソナリティの変化については、クロニンジャーのTCIが全体を捉えるのに適しており、また神経伝達物質との対応関係もわかる(→TCIは精神医学で用いられるもっとも包括的な質問紙である。詳細は「パーソナリティと遺伝子」を参照のこと)。
気質 | Temperament | 1回目 | 2回目 |
---|---|---|---|
新奇性追求 | NS総合点 | ||
NS1 | 探究心 | ||
NS2 | 衝動 | ||
NS3 | 浪費 | ||
NS4 | 無秩序 | ||
損害回避 | HA総合点 | -- | - |
HA1 | 予期懸念・悲観 | -- | - |
HA2 | 不確実性に対する恐れ | - | |
HA3 | 人みしり | -- | - |
HA4 | 易疲労性・無力症 | - | |
報酬依存 | RD総合点 | + | |
RD1 | 感傷 | ||
RD3 | 愛着 | + | |
RD4 | 依存 | + | |
持続 | PS総合点 | ||
性格 | Character | ||
自己志向 | SD総合点 | - | -- |
SD1 | 自己責任 | -- | -- |
SD2 | 目的指向性 | ||
SD3 | 臨機応変 | -- | |
SD4 | 自己受容 | -- | -- |
SD5 | 啓発された第二の天性 | ||
協調性 | CO総合点 | ||
C1 | 社会的受容性 | ||
C2 | 共感 | ++ | + |
C3 | 協力 | ? | ? |
C4 | 同情心 | + | |
C5 | 純粋な良心 | ||
自己超越性 | ST総合点 | ++ | ++ |
ST1 | 霊的現象の受容 | ++ | ++ |
ST2 | 自己忘却 | + | |
ST3 | 超個的同一化 | ++ | ++ |
TCIの場合、七つの尺度を全体としてみることが多く、下位項目はあまり分析されないのだが、それは、互いに相関しているからである。
結果は以下のようにまとめられる。
- 気質
- 新奇性探求は平均的
- 損害回避はかなり低い
- 報酬依存はやや高い
- 持続は平均的
- 性格
- 自己指向性がかなり低い
- 協調性は平均的
- 自己超越性がかなり高い
アヤワスカ茶は抗うつ・抗不安薬になりうる
神経化学的には、損害回避がかなり低いということは、セロトニン系がかなり活発であり、報酬依存がやや高いということは、ノルアドレナリン系がやや活発だということを示唆している。
また、自己指向性がかなり低く、自己超越性がかなり高いことも含めて総合的に判断すると、抑うつ(過去のことを悔やむ、自責的)・不安(未来のことを心配する)傾向が低いといえる。
これは、うつ病や不安障害が、もっぱらSSRI(セロトニン系を活性化する薬)によって寛解すること、またSNRI(セロトニン系とノルアドレナリン系の両方を活性化する薬)によっても改善することと整合的である。また、アヤワスカ茶の中に含まれるDMTやハルミンなどのMAOI自体が抗うつ作用を示すという研究とも整合的である。
「則天去私」
うつ病は責任感の強すぎる病だということもできるが、責任感が弱すぎるのも無責任である。ただし、自責的ではないからといって、他責的でもない。
自己責任が低く、逆に自己超越性が高いということは、則天去私であるとか、運を天に任せるといった、宗教的な感覚といえるだろう。DMTのような精神展開薬が、ただ強すぎる自責を緩和して抑うつ状態を改善するだけでなく、同時に超越的な体験を引き起こすという、たんなる抗うつ薬とは異なる作用があることも示唆している。
性格の生涯発達
クロニンジャーは、TCIのうち「気質」は生得的だが、「性格」は年齢とともに発達すると考えた。しかし、じっさいには、気質、性格ともに、遺伝率は半分ぐらいだとされており、クロニンジャー自身の仮説は反証されている。
「性格」の三項目については、年齢による変化が研究されている[*4]。
年齢による自己指向性の変化
年齢による協調性の変化
年齢による自己超越性の変化
年齢とともに自己責任と社会性が発達するいっぽうで、自己超越性はむしろ低下する。アヤワスカ茶を服用しつづけることは、大人でありながら子どもに戻っていくということなのかもしれない。
「自己超越性」の精神病的な側面
クロニンジャーは、自己超越性の高さは、自己志向性の高さと結びつくとき、成熟した創造性、精神性を示すとしたが[*5]、「自己超越性」の中には、健康的とも病的ともいえる質問項目が混じっており、解釈は難しい。
統合失調症、双極性障害、パーソナリティ障害(とくに統合失調型パーソナリティ障害・妄想性パーソナリティ障害)に共通しているのは、自己超越性が高く、自己指向性と協調性が低いことである[*6]。ただし、スキゾイド(統合失調質)パーソナリティ障害だけは、自己指向性、協調性、自己超越性のすべてが低い[*7]。
精神疾患と神経伝達物質とのかかわりを、非常に単純化すると、以下のようになる。
DMTなどの精神展開薬はセロトニン受容体のアゴニストとして作用するものが多く、これが(単極性)うつ病や不安障害に奏効するというメカニズムを想定することができる。
いっぽう、メタアンフェタミンやメチルフェニデートなど、ドーパミン系を活性化させる中枢神経刺激薬は、覚醒剤精神病とよばれる、統合失調症の陽性症状と似た症状を引き起こす。
精神展開薬も同時にドーパミン系に作用し、被害妄想など、統合失調症の陽性症状に似た症状を引き起こす可能性がある。陰謀論や終末論といった認知バイアスは、霊性の負の側面であるが、精神展開薬はこうしたバイアスを悪化させる危険性もある。
*1:免責事項にかんしては「Wikipedia:医療に関する免責事項」に準じています。
*2:「DOUTRINA DO SANTO DAIME」『SANTO DAIME』(2021/05/10 JST 最終閲覧)
*3:Edward Mac Rae (1998). Santo Daime and Santa Maria – The licit ritual use of ayabuasca and the illicit use of cannabis in a Brazilian Amazonian religion. International Journal of Drug Policy, 9(5), 325-338.
*4:C. Robert Cloninger, Dragan M. Svrakic, Thomas R. Przybeck (1993). A Psychobiological Model of Temperament and Character Archives of General Psychiatry, 50(12), 975-990.
*5:要出典
*6:要出典
*7:要出典
*8:Oliver Rumle Hovmand (2019). Medical Psychedelics: The evidence-based textbook about the clinical applications of LSD, psilocybin, ayahuasca, DMT, MDMA and ketamine. Independently published.