【資料】田口ランディ『オラ!メヒコ』

長いこと、私はこの手で世界をつかまえたいと望んでいた。 世界を自分の手でむんずとつかんで、そしてこの胸にぎゅうっと抱きしめたい。そうしたらどんなに幸せだろうって、そう思っていた。そのことばかり考えて生きてきた。 だから、私は追いかけていた。

なにを?って、世界を。世界っていうとあまりにも抽象的かな。じゃあ人生と言ってみようか。このほうがわかりやすいかもしれない。人生を追いかけていた。しかし、人生 を追いかけるってどうやって? 人生って自分の生きている、いま、この瞬間そのものな んだよ。 人生を追いかけるなんて、不可能じゃないの? そのとおり。だけど、気分的には追いかけていた。なにかを追いかけてるってことは、 私がジャストじゃないってことなんだろう。私は私以外の何者でもないのに、私と私の気 持ちがジャストじゃないってのも不思議な話だ。だけど、それが人間のサガってことみたい。
 
動物はいつもジャストなんだ。思いと行動はズレない。生命そのもの。でも人間は違う。言葉というものを使ってまわりくどく思考するようになってから、生命と意識の間にすき間が生じた。すき間なんて生易しいものじゃない、亀裂だ。暗黒のクレバス。だから人は孤独。絶対的に孤独だ。 びっくりするようなことを教えてあげる。 人はみんな孤独なんだよ。あらゆる人が孤独。どんなに幸せそうに見えても実は孤独な んだ。「私は違うわよ」って言う人がいたらよっほど鈍感なのか、あるいは嘘つきだ。孤独でないわけがないんだ。もちろん、そうじゃない人もいるかもしれないけれど、私は会ったことがない。 私の知る限り、すべての人は孤独。亀裂があるから。
 
メキシコを旅しながら、私はやっぱり孤独だった。
 
いっしょに旅する三人の仲間がいても、やっぱり孤独だった。アキラもタッキーも大将もいい奴らだった。だけど、それぞれに孤独だったと思う。いろんな街でいろんな人たちと出会い、わかちあい、笑いあった。 それでも孤独だった。 飲んで、食べて、歌った。それでも孤独だった。落ち込むような孤独じゃない。すきま風のような孤独。タコスを食べて、コロナビールを飲んで、酔っぱらって騒いでも、部屋 に戻るとしんしんと孤独だった。そこはかとなく孤独だった。でもまあ、何十年も生きて いるからこの孤独にも慣れていた。慣れているからって、平気ではない。すきま風に震え ながらだって人は生きていける。でも、体にぎゅうっと力が入っていてのびのびできない。 それと同じ。孤独だって生きていけるけれど、なんだかどこかが縮こまってる。
 
体調が悪かった。病気じゃないんだけど、疲れやすくてたまらない。なにをするのもおっくう。目がしょぼついて下腹がひどく冷たい。肉体の生命力が弱まっている。そういうときってあるでしょ。理由はあるんだろうけどそんなの問題じゃない。こんなに不安でぶ っそうな世の中で、生きたくない理由は無数にある。明日、北朝鮮からテポドンが飛んでくるかもしれない。だけど、そんなことは実はどうでもいいんだ。
 
あるときから亀裂にばかり目がいってしまう。ずっと見ないふりもしていたのに、なぜ かばっくり口の開いた亀裂の奥底を覗き込みたくなった。いったい亀裂の奥底にはなにが あるんだろうか。この亀裂は冥界につながっているのか。だから覗き込むと死にたくなる んだろうか。
 
誰かに呼ばれているような気がした。亀裂の底から。おーいおーいって。 真っ暗で湿った風が吹いていた。覗き込むと、怖いのになぜかほっとした。そしていつ までも覗いていたくなった。ついに孤独につかまった。
 
どうしたら、この孤独から逃れられるのか......。そのことばかり考えていた。 私の人生のテーマだった。孤独のない充実した自分になること。 満たされること。たっぷりと、心からなにかに。 そのために必要なものはなんだろうか。 お金、恋人、家族、健康。 とりあえずそれらすべてを手に入れてみた。健康は、まあ親からもらったものなのであ らかじめもっていた。まずは必死に働いて小金を稼いだ。大金ではないけれど、旅行でき るくらいの余裕のある生活が手に入った。そして、結婚して、子供を生んで、なおかつ恋愛もしてみた。さあ、これでどうだって思った。 しかし、驚くべきことにお金と家族と恋人とそろっても、そして健康であったとしても、 孤独なのだ。 なんてこった。まったく信じられない。 さらに、追い求めるべくは、仕事、名声、エトセトラ......。趣味の追求、旅行、刺激、 冒険......。というようなわけで私は追いかけてきた。めくるめく、自分を満足させるもの を求めつづけた。どこかにあるはずだから、それを見つけてとっつかまえて、そして、ハ ッピーエンドだ。 そうだ、私はハッピーエンドにしたかったんだ。
 
ウアウトラの街で、生まれて初めてマジックマッシュルームを体験した。
 
大酒は飲むけれど、ドラッグを試したことはなかった。あんなのは男の遊びだと思って いた。しょせん幻覚じゃないの、そんなの現実には何の役にも立たない。女は男より現実的なのよ、ってのが、私の言い分だった。
 
だけど、私はもう何を求めているのかも自分でよくわからなくなっていて、なんだか行き詰まっていたのだ。それでワラをもつかむ気持ちで幻覚キノコを二十本、口に押し込み 一気喰いした。 ヤケクソだった。 メキシコに来る前に、友人の哲学者がトリップのアドバイスをしてくれた。 「幻覚キノコによる体験は、酒に酔うのとは違います。良質の幻覚キノコはトリップして いる間中ずっと、しっかりと意識があります」 「え?そうなの?酩酊状態になるんじゃないの?」 「そんな安いものをやってはダメです。ウアウトラのキノコは最高水準だという噂だからたぶん大丈夫。しっかりと覚醒した状態で、自分の感受性が鋭敏になっていくのを体験してください」 「そうなのか。私はてっきり前後不覚の幻覚妄想状態になるのかと思っていた」 「違います。体験の世界はあなたの心の鏡です。あなたがクリアなら、きっと体験中も澄 みきった精神状態になるはずです。ただ、あなたの視覚、聴覚、触覚、すべての感覚が通常の何百倍にう鋭敏に研ぎ澄まされます」 「......ってことは、どういうこと?」 「トリップしたら、つまらないものにこだわっていると、そのつまらないものを拡大して体感してしまいます。恐怖につかまったら恐怖が拡大されます。欲望につかまったら欲望 が拡大されます。キノコはただ、あなたの内にあるものを増幅させるアンプだと思ってく だい。セッションを受けるときは、自分がなにを見たいのか自分がなにを求めているのか、そして自分が本当に知りたいものはなにか、そのことをしっかりと自分に言い聞かせて、そしてそれを強く念じることです」 「私が、何を、見たいか......?」 「そう。ふだんでは見えないこと、感じないことも、感受性が極度に鋭敏になっていれば、見ること、聞くこと、感じることができます。それはあなただけの体験であって、あなたが見たもの。あなたの感受性が受けた世界。誰のものでもない、あなただけの答えです。 だから、まっしぐらに自分の心にダイビングするんです。そして自分の中心まで行くのです。そうすればあなたが求めていた答えがあるはずです」
 
ウアウトラに向かう途中も、そしてウアウトラの町に着いてからも、私はずっと考えて いた。私が求めているものは何だろう。私が本当に知りたいことは何だろう。考えてしまうとどんどんわからなくなった。だけど、それはすでに私のなかにあるものなら、私が行き着けないはずはない。だって、答えは私そのものなのだから。
 
セッションの日は生理日だった。朝から血がだらだら出ていた。でもシャーマンは「問題ないわ」って言った。「だって、これはそもそも治療なのだから」
 
キノコを食べて、しばらくしてからどうしてもトイレに行きたくなった。本当はセレモ ニーの間は外に出てはいけないらしい。外界は刺激が強過ぎるから危険なのだそうだ。私はシャーマンにつきそわれて、蝋燭の灯るセレモニーの部屋を出た。 扉を開けたら、バルコニーは月明かりで深海のように真っ青だった。
 
そのとき、私は、世界に、つかまった。
 
世界が私を鷲づかみにして、ぱくっと飲み込んでしまった。もう逃れることができなかった。私がつかまったのだ。私がつかまえようとしていたものに、逆につかまえられてし まった。 それは突然だった。恋に落ちる瞬間みたいに。
 
感情も肉体も丸ごと、世界につかまえられて、見るものすべてが存在の美しさで私を魅了した。頭の上に広がる星空を見ただけなのにその星が私を捉えて離さない。星につかまった。山につかまった。トイレの便器に、花に、コーヒーカップにつかまった。 求めなくても、感動神秘もそこにあった。 なぜこんなに、すべてのものが神々しく、神聖で、自分に呼びかけてくるのか理解できなかった。意識はクリアだった。私は必死に考えた。いったいなんだ、いま起こっているこれはなんだ。
 
別の世界が立ち現れていた。空間に物語が満ちていた。それが読み取れた。存在の背後 にある歴史が感じられた。その物質が生成された神秘。すべて生々しく伝わってくる。たかが椅子、たかがテーブルクロス、たかがティーカップ。でも、それらの起源を遡ればすべては命と同じなのだと思えた。
 
私はきっと、見ようとしていなかったんだ。いや違うな。いちいちこんなに感動していたら社会生活が営めない。だから、自分から閉じたんだ。感受性を遮断した。そして恐ろしいほどの情報社会でかろうじて生きているのだ。私には、感じる力があるけれど、それを開放するのは、たぶん危険なのだ。 キノコの精霊の力を借りて開いた感受性は、六時間でゆっくりと閉じた。 旅はいつか終わる。『アルジャーノンに花束を』の、主人公になった気分だった。すべ てが終わって、もとの私に戻ってきた。あの神秘的な世界は消えていた。
 
だけど、なにか違う。私は知ってしまった。世界につかまえられる瞬間のすごさを。私が世界をつかまえるのではない。追いかけるのでもない。求めるのでもない。 世界が私をつかまえるのだ。世界が私を抱きしめ、求めてくるのだ。そして世界に身も心もすべて奪われ魅了されてしまうのだ。 私の意志ではなく、世界の意志だった。でも、そんな状態で長くはいられない。キノコの効き目がきれれば世界はすっと遠のい て、ふだんのように空々しい顔をする。椅子は椅子、便器はただの汚い便器、神々しさの かけらもない。 すべては、キノコの精霊が見せてくれた、つかのまの夢。 ただし、私の得た体験は私のものだった。体験は私の細胞に刻まれた。いや、私は最初 から知っていたような気もする。 昏睡したように眠って、翌朝、ベッドのなかで目覚めたら泣いていた。ひどく懐かしかった。 忘れていた子供の頃の記憶を、思い出したような、そんな気分だった。
 
 田口ランディ『オラ!メヒコ』130-141.[*1]



2019/06/09 JST 作成
蛭川立

*1:田口ランディ (2005).『オラ!メヒコ』角川書店, 130-141.

オラ!メヒコ (角川文庫)

オラ!メヒコ (角川文庫)