中米先住民文化における飲食物の民俗分類

メソアメリカのマヤ系民族はユカタン半島のユカテック・マヤなど、いくつかのサブグループからなっている。ツォツィル・マヤ(Tzotzil Maya)は、主にメキシコのチアパス州に居住する人々である。


 
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ツォツィルの人々が暮らしているシナカンタン村にて(現地の人々はあまり写真には写りたがらないので遠慮した:1997年)

ツォツィル・マヤの人たちは、飲食物を「熱(k'ishin)/冷(sik)」という二元論によって分類している[*1][*2]

熱い k'ishin 冷たい sik
肉類 牛肉、羊肉、卵、チーズ 鶏肉、魚
野菜 トマト、トウガラシ、ミカン 豆、ジャガイモ、アボガド、ニンジン、ダイコン
飲料 牛乳、ポシュ、ビール、コーヒー、カカオ、コカ・コーラペプシ・コーラ ファンタ・オレンジ

そして、「熱い病気」は「冷たい食品」で治すことができ、「冷たい病気」は「熱い食品」によって治すことができるという。

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象徴的な病と治癒のプロセス[*3]

ポストコロニアルポストモダン的状況の中で、白人たちが彼らの社会に売り込んだ炭酸飲料を、ツォツィル・マヤの人々は、伝統的な民俗分類体系に組み込むことで受容した。そして、咳や喉の痛みなどの「冷たい病気」を治すことができるのは、コカ・コーラペプシ・コーラのような「熱い飲料」であり、「冷たい飲料」であるファンタ・オレンジには薬効はないという[*4][*5]

こうした二元論は、冷たい「風」を受けると、「風邪」をひき、身体を温めると治る、という観念とも似ているが、すべてをそのように機能主義的に理解できるわけではない。コーラもペプシも実際には冷たい飲み物であるし、コーラに病気を治す成分が含まれているわけではないからである。



CE2019/05/31 JST 作成
CE2020/05/25 JST 最終更新
蛭川立

*1:Currier, R. L. (1966). The Hot-Cold Syndrome and Symbolic Balance in Mexican and Spanish-American Folk Medicine. Ethnology, 5, 251.

*2:吉田禎吾 (1984). 『宗教人類学』東京大学出版会, 95-97.

*3:Busatta, S. (2007). Good To Think: Animals and Power. Antrocom, 4, 3-11.

*4:Nagata, J. M., Barg, F. K., Valeggia, C. R. & Bream, K. D. (2011). Coca-Colonization and Hybridization of Diets among the Tz'utujil Maya. Ecology of Food and Nutrition, 50, 297-318.

*5:なお、もともとコカはアンデスの植物であり、コカインを含む。コーラは西アフリカの植物であり、カフェインを含む。