ウイルス進化論

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DNAのうち遺伝情報を担っているもの、つまりアミノ酸配列に翻訳されタンパク質の設計図になる部分、エクソンはヒトゲノム全体の1.3%にすぎない。残りの98%はイントロンと呼ばれ「ジャンク」だと考えられてきた。

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人間が持っている遺伝情報のうち、エクソンは1.3%しかない。その他のかなりの部分はトランスポゾンとウイルスである[*2]

トランスポゾン(転位因子)のうち、DNAが直接移動するものがDNAトランスポゾンで、その他はレトロトランスポゾンである。前者はDNAの「カット・アンド・ペースト」であり、後者は「コピー・アンド・ペースト」である。レトロトランスポゾンは、いったんmRNAに転写された後で、逆転写酵素によってDNAに複写され、DNAに挿入される。

遺伝子の水平伝播としてのウイルス

いっぽう、ウイルスは、異なる個体の間を移動するトランスポゾンだということができる。ウイルスにはDNAウイルス(天然痘ウイルスなど)とRNAウイルスがある。RNAウイルスのうち、一本鎖RNAウィルスであるレトロウィルスは、レトロトランスポゾンと同様に逆転写酵素によってDNAに転写し、宿主細胞のDNAに組み込まれる。

一本鎖RNAウイルスの多くが宿主のDNAに組み込まれることはないが、ボルナ病ウイルスは宿主細胞の逆転写酵素を利用してDNAとなり、宿主細胞に組み込まれる。

親から子へと遺伝情報が伝播する垂直伝播に対し、ウイルスを介して他個体に遺伝情報が伝播することを水平伝播という。「ウイルス進化論」においては、水平伝播が生物の進化において積極的な役割を果たしていると考える[*3]

ウイルスは宿主細胞にたいしては寄生者だからこそ、宿主が死ぬと自分も生きられない。だからウイルスは感染の過程で変異しつつ、宿主と共存できる変異が広まっていく(→「ウイルスの弱毒化と共進化」)。ウイルスにとっては宿主が健康で社交的であるほうがより増殖しやすいともいえる。

咳やくしゃみをしたり、下痢をしたりするのも、ウイルスが自らのコピーを拡散させるための「戦略 stategy」であり、「延長された表現型 extended phenotype」であるといえる。ウイルスは人間の神経系に影響を及ぼし、感染者の性欲や社会的欲求を高めている可能性もある[*4]

ウイルスがすべて病原体だとはかぎらない。むしろ多くのウイルスが無害か、あるいは有益であって、だから、身の回りには無害なウイルスが大量に飛び交っており、つねに感染を拡大しているが、病気を起こさないので、気づかれることがない。(病気を起こさないウイルスの研究には予算がつきにくいという科学社会学的要因もある。)

RNAワールド

「逆転写」というのは、「DNAからRNAへ」という「セントラル・ドグマ」の逆だからなのだが、そもそも地球上の生物はまずRNAから始まり、逆転写されてDNAに進化したという「RNAワールド」という仮説[*5]もある。もしそうなら、そもそも私たちの祖先はレトロウイルスであって、すべてのゲノムが逆転写から始まったのだともいえる。

性行為感染症と日本列島民の由来

水平伝播と垂直伝播が組み合わさったような現象として「テレゴニー」という奇説がある。ある女性が産んだ子どもは、直接の父親に似るだけではなく、それ以前に性関係を持った男性とも似るという話である。

遺伝のメカニズムが知られていなかったころの迷信として省みられなくなった説だが、レトロウイルスの発見により、現代的な角度から見直されるようになってきている。

人間の場合、[人為的に避妊しなくても]妊娠につながらない性行為が多いが、これは社会的なコミュニケーションであると同時に、性行為感染症のウイルスが感染する機会を増やしているとも考えられる。HIVは男性同性愛者の間で感染することが多いが、病気の感染という側面とは別に、ウイルスと同性愛との共進化という視点でとらえることもできる。

レトロウイルスとして良く研究されているものにHIV(ヒト免疫不全ウイルス(AIDSの病原体)やHTLV-1(ヒトTリンパ好性ウイルスヒトT細胞白血病ウイルス1型)がある。

HTLV-1は精液や乳汁に高濃度で含まれ、人為的な血液の接触以外では、性交と授乳のみによって感染する。男性の精液から女性に感染し、女性の乳汁から子に感染する。その子が男の子なら長じてその精液からウイルスを女性に感染させ、その子が女の子なら長じてその乳汁からそのまた子どもにウイルスを感染させる。

HTLV-1はRNAウイルスであり、しかも逆転写されて遺伝情報が宿主のDNAに組み込まれる。発症すれば致命的だが、発症の確率は1000人に1人であり、潜伏期間も約40年と長い。

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HTLV-1感染者の世界的分布[*6]
 
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日本列島におけるHTLV-1感染者の分布[*7]

HTLV-1感染者は人類発祥の地である熱帯アフリカに多いが、興味深いことに、遠く離れた日本にも多い。これは、古い時代にアフリカを出て日本にまで到達した人々(おおよそ縄文人に相当)がHTLV-1とともに移動したのち、もう一度アフリカを出てユーラシア大陸の東端まで到達し、日本列島の一部に移住した人たち(おおよそ弥生人に相当)はHTLV-1を持っていなかったことを示唆している。

日本ではHTLV-1感染者は沖縄、九州、およびアイヌに多く、この遺伝子が縄文時代以前に由来すると推測される。HTLV-1の分布はY染色体ハプロタイプDの分布と重なっている(→詳細は「遺伝子からみた日本列島民の系統」を参照)

一人の女性が産むことができ[かつ成人にな]る子の人数が数名のオーダーであるのに対し、[とりわけ近代社会の性的規範が一般化する以前は]一人の男性が性関係を持つ女性の数は、数十人、数百人、あるいは、理論的にはもっと多い。精液経由の感染が多ければ、遺伝は父系に傾く[*8]

このことはまた、HTLV-1ウイルスが、少なくとも数万年は人類と共存しながら受け継がれてきたことを示している。

ウイルスと脳の共進化

統合失調症などの精神疾患冬生まれに多いことは統計的に知られているが、これが冬季に流行するインフルエンザなどのウイルスの感染と関係するという説がある[*9]。先に触れたボルナ病ウイルスは神経栄養因子(BDNF)を低下させ、発達障害双極性障害を引き起こす可能性が示唆されている[*10][*11]精神疾患には遺伝的な要因が大きく、かつ、多数の遺伝子が関わっている。それらの遺伝子の組合せによっては、病的というよりは、むしろ創造的な能力が発揮される(→「精神疾患と創造性」)

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ボルナウイルス N 遺伝子の水平伝播[*12]

ボルナ病はヒトだけではくウマやヒツジ、イヌやネコにも感染する人畜共通感染症であるが、ゲノムの種間比較により、約四千万年前に大規模な水平伝播が起こったことが推測されている。これは、哺乳類(真獣類)の爆発的な放散が起こった二千万年後である。人畜共通感染症のウイルスが脳機能の進化に影響しているというのは興味深い現象である。現在、コウモリやヒトの間で流行しているSARS関連コロナウイルスがDNAに逆転写されるという知見はないが、病気を起こさないために気づかれない多数のウイルスが複数の種の間を水平伝播している可能性はつねにある。

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京都大学ウイルス・再生医学研究所の廊下に張ってあるウイルス共進化分野(宮沢研究室)の研究成果

二年万年前に起こったウシの内在性レトロウイルス(BERV-K1)の感染が胎盤の進化を促したという研究があるが[*13]、レトロトランスポゾン由来の獲得遺伝子である、スシイチレトロトランスポゾン由来のSIRH遺伝子群は、真獣類(有胎盤類)における胎盤形成に関与しただけでなく、脳内のノルアドレナリン量を増やし、同時に夜間活動の低下というサーカディアンリズムを調節しているということも知られてきている[*14]



記述の自己評価 ★★☆☆☆
(アイディアを書きとめたものであって、出典が不十分。議論の内容は単純だが、専門用語が多いので、初学者向きではない。リンク先の大半はWikipediaであり、厳密さを欠く。細かい数字が不正確である可能性あり。)
CE2020/04/01 JST 作成
CE2020/08/24 JST 最終更新
蛭川立

*1:免責事項にかんしては「Wikipedia:医療に関する免責事項」に準じています。

*2:森岡清和 (2017).「やぶにらみ生物論89: ヒトゲノム」『渋めのダージリンはいかが』(2020/05/14 JST 最終閲覧)

*3:これを、ネオ・ダーウィニズムにもとづく進化の総合理論を超えるものとして、今西錦司の進化研究と結びつける向きもあるようだが、それは早計であろう。

*4:要出典

*5:Walter Gilbert (1986). Origin of life: The RNA world. Nature, 319 , 618.

*6:Luc Willems, Hideki Hasegawa, Roberto Accolla, Charles Bangham, Ali Bazarbachi, Umberto Bertazzoni, Anna Barbara de Freitas Carneiro-Proietti, Hua Cheng, Luigi Chieco-Bianchi, Vincenzo Ciminale, Jordana Coelho-Dos-Reis, José Esparza, Robert C Gallo, Antoine Gessain, Eduardo Gotuzzo, William Hall, Joseph Harford, Olivier Hermine, Steven Jacobson, Beatrice Macchi, Calum Macpherson, Renaud Mahieux, Masao Matsuoka, Edward Murphy, Jean-Marie Peloponese, Viviana Simon, Yutaka Tagaya, Graham P Taylor, Toshiki Watanabe, Yoshihisa Yamano (2016). Reducing the global burden of HTLV-1 infection: An agenda for research and action. Antiviral Research, 137, 41-48.(孫引き)

*7:上野万作 (2015). 「7.ATLのレトロウイルス(HTLV)」『日本人の起源』(2020/05/14 JST 最終閲覧)(孫引き)

*8:日本では現在、妊婦に対するスクリーニングが無料で行われており、陽性となった場合に授乳を避ければ母子感染はほぼなくなるので、近い将来HTLV-1は集団から消えるかもしれない。現在感染している母親が発症するとしても、それは約40年後であり、他の疾患のリスクと比べてとくに高いわけではない。

*9:分娩の時期に胎児の遺伝子に直接影響が及ぶ可能性は少なく、母親が発熱することで間接的に影響しているという可能性もある。

*10:生田和良「ボルナ病」『公益社団法人 日本獣医学会』(2020/08/25 JST 最終閲覧)

*11:ボルナ病ウイルス(BDV)」『大阪大学大学院医学系研究科 感染症・免疫学講座 ウイルス学』(2020/08/25 JST 最終閲覧)

*12:堀江真行・朝長啓造 (2010).  1. 哺乳動物ゲノムに内在する非レトロウイルス型 RNA ウイルスエレメント ウイルス, 60, 143-154 (146).

*13:宮沢孝幸 (2013).「太古に感染したレトロウイルスが、胎盤の多様性の原動力だった!」『Nature Japan』(2020/08/25 JST 最終閲覧)

*14:国立大学法人 東京医科歯科大学 難治疾患研究所「脳の認知機能に重要なレトロトランスポゾン由来の獲得遺伝子を発見」(2020/05/14 JST 最終閲覧)