分子模型 ーHGSとモルタロウとその他ー

複雑な構造をもつ物質、とくに有機化合物は、じっさいに分子模型を作ってみると、具体的なイメージが体感できる。

構造式を見れば大まかな形はわかるし、PCの画面上で3Dの画像を見ることができる。分子が動いている世界に没入するVRも普及していくだろう。

しかし、古典的な模型ならではの特長もある。

  • 分子模型を抜き差しして、模型で化学変化を体感する
  • DNAのような分子を観賞用、洒落たインテリアとして
  • 神経伝達物質向精神薬が似ていることなど、複数の分子を並べて見る
  • 鏡像異性体を作ったり、じっさいに鏡に映したりできる

自分の手で化学反応を起こし、しかも試行錯誤しながら学べるのは、やはり模型ならではである。

N,N-ジメチルトリプタミン(N,N-Dimethyltryptamine: DMT)[*1]
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HGS分子模型の標準モデル(右下)と生化学モデル(右上)とモルタロウ(左上) 

DMTは、IUPAC勧告に準拠する化合物命名[*2]では、3-[(2-ジメチルアミノ)エチル]- インドール(3-(2-Dimethylaminoethyl)indole)となる。インドール核から炭素2個(エチル)を経て、窒素に結合し、その先にメチル基が2個結合している、という意味である。

丸善の分子模型

丸善(販売)のHGS分子構造模型(@maruzenpub_HGS )は、教育用のみならず研究用としても使える高品質な分子模型セットである。

丸善日本語のサイトには、新しい学習用の模型しか掲載されていないが、英語版のサイトでは、絶版になった旧モデルも並んでおり、日本語サイトでは売られていない製品も購入できる。ただし、発送元はアメリカなので、日本から注文すると、送料が高くついてしまう。

英語版のサイトには、原子や結合の詳細なマニュアル(PDF)もアップされている。

標準モデル

分解したり組み立てたり、化学反応も手元で起こせる。クエン酸回路やカルビン回路を何度も手作業で回しながら、光合成と酸素呼吸は完全に相補的な反応だったのだ、とバーチャルに体感できる。

人前でプレゼンテーションするのに手頃なサイズ。

ただし複雑な有機化合物など、大きくなりすぎて、扱いにくく、収納にも困る。高分子になると自重で重力崩壊する。

水素原子だけは球形であるため、抜け落ちて転がって行方不明になりがちなのと、色白なので紫外線対策をしないと、日焼けして小麦色になってしまうのが意外な欠点である。

旧版

HGS分子構造模型は、日ノ本合成樹脂製作所で開発された。

HGS 分子構造模型 B型セット

HGS 分子構造模型 B型セット

  • 発売日: 2007/07/19
  • メディア: オフィス用品

HGS分子構造模型B型セット(有機化学研究用)は、炭素が52個のほか、窒素、酸素、水素、それからケイ素、リン、硫黄、塩素、ホウ素、その他金属に使えるタマが少量ずつ入っている。ボンドも、微妙に長さが違うものが10種類入っている。

D型セットは無機化学用で、有機化学用とは互換性があるが、色の違う元素や長さの違うボンドが入っている。

新版

製造元であった日ノ本合成樹脂製作所が閉業したあと、HGS分子構造模型は、いったん絶版になった。

その後、製造元が山田化学になって再版された。新旧の互換性は保障されないとのことだが、実用上は問題ないらしい[*3]

HGS分子構造模型 B型セット 有機化学研究用

HGS分子構造模型 B型セット 有機化学研究用

  • 作者:丸善出版
  • 発売日: 2017/06/28
  • メディア: Stationery

ボンドが色分けされていてわかりやすくなったが、ボンドが白で統一された色彩感はない。

HGS分子構造模型 C型セット 有機化学実習用

HGS分子構造模型 C型セット 有機化学実習用

  • 作者:丸善出版
  • 発売日: 2017/06/10
  • メディア: Stationery
 

有機化学学生実習用のC型セットは炭素原子44個入りだが、学習用は研究用とは違い、窒素や酸素のボンドが省略されており、5種類しかない。

精密モデル

HGS生化学学習用セットは、1Å=1cmと精密でありながら、しなやかで、複雑な有機化合物でも場所をとらない。

このモデルは小型で精密である反面、一度組み立ててしまうと分解するのが難しい。無理に抜き差しすると、小さい部分にかなりの力を加えることが必要で、折れてしまうこともある。

原子とボンドが一体化しており、白いボンドがないので、色彩にも統一感がある。しかし、日本では絶版になったまま、再版されていない。

HGS分子構造模型 薬学・医学・看護学 学生用セットは、炭素が70個、その他、窒素、酸素、水素が多数、その他の元素も何種類か入っている。

英語版のサイトでは「5030/Organic Chemistry Set」という名前で売られており、他の元素も単品で販売されている。
www.amazon.com

https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51j9CXE-I3L._SX384_BO1,204,203,200_.jpg
www.amazon.co.jp

ひとまわり小さい「生化学セット・学習用」には、炭素40個、他に窒素、酸素、水素と、その他は、リンが2個だけ入っている。医学薬学看護用セットは違い、それ以外の元素がない。

よく似た製品で「タンパク質・核酸用精密分子構造模型・生化学・学習用セット」がある、どこが違うのかというと、リンが4個入っている。このモデルは、もともとDNAを作ることを想定している。DNAを作る場合、CHONの他は、リンだけが多数必要になるからである。

DNAや酵素タンパク質を作るための本格箱入りパック(分子生物学研究基本セット・タンパク質酵素基本セット)もある。合成皮革の箱だけでもアカデミックな重厚感がある。

DNAのモデルは、いわゆる二重らせんのDNA組み立てセットB型のほかに、DNA組み立てセットA型、DNA組み立てセットZ型の三種類があり、その構造に合った台や支柱まで付属しているキットもある。

https://www.maruzen.info/hgs/catalog/html_templates/gifs/5001.gif
 
https://www.maruzen.info/hgs/catalog/html_templates/gifs/5004.gif
B型のモデルは高さ36cm。あらかじめ組み立てられたA-TとG-Cが合計で15個入っており、これは10塩基対で1回転する二重らせんの1.5回転ぶんである。

www.amazon.co.jp

これらのキットでは、塩基やデオキシリボースやリン酸がすでに組み立てられてパックになっているが、じっさいには、原子1個1個から組み立てていくほうが勉強になる。原子から組み立てると、いろいろな異性体ができてしまい、全体として螺旋構造がねじれてしまうことが多い。間違ったところを作り直していくと、やがて整然とした二重らせん構造が立ち上がってくる。その試行錯誤があってこそ、学びと感動がある。

空間充填モデル

HGSの生化学用精密模型と組み合わせて使える「[http://ecole-rg.meclib.jp/maruzen2016/book/pdf/0080.pdf:title=http://ecole-rg.meclib.jp/maruzen2016/book/pdf/0080.pdf:title=STS分子構造模型]」という空間充填モデルも販売されていたが、高価で扱いにくかったためか、存在さえ忘れられてしまいがちな、幻のモデルである。

4010系

「HGS立体化学分子模型4010学生用セット」という、HGSのシリーズで同じような小型版もあったが、こちらのほうは原子が小さいのにボンドが長く不釣り合いで、見た目があまり美しくない。それだけの「偏見」で、これ以上詳しくは触れない。

モルタロウの分子模型

分子構造模型は、精密に作ろうとするとボンドの長さを微妙に調整しなければならず、煩雑である。いっぽう「モルタロウ」のシリーズは、ボンドの長さではなく原子の大きさによって全体のサイズを調整する方法をとっている[*4]。ボンドの種類は、一重、二重、三重結合の三種類だけで、丸善のモデルのように、微妙に長さが違うボンドが多数必要になったり、それらを色分けしたりする必要がなくなる。

炭素が黒、水素が白、ボンドも旧版では白に統一、といったアカデミックな丸善の色合いに比べると、モルタロウはビー玉のようにカラフルで、炭素が黒ではなく青だったり、窒素も水素もリンも緑だったり、ボンドも青や水色だったりする、この色彩には好みが分かれるが、ボンドも作りが精密でなく、全体的にオモチャのような感じである。

核酸とタンパク質

原子一個一個から巨大な高分子を作るのは不可能だが、ポリヌクレオチドポリペプチドは、原子ではなく、ヌクレオチドアミノ酸を一個の単位として模型が作れるはずである。しかし、意外にそういう製品は作られていない。

www.monotaro.com
ナリカの「セントラルドグマ説明セット」。DNAからm-RNA、t-RNAからタンパク質へという転写のプロセスが、手元で実際に再現できる。



なお、こういう模型は日本製がよくできているのだが、海外製品としては、アルドリッチが大小さまざまな模型を販売している。

記述の自己評価 ★★★☆☆
(仕事の合間にオモチャをいじって逃避しています。締切を過ぎている書類もあるというのに、すみません。)
CE2020/09/19 JST 作成
CE2020/12/19 JST 最終更新
蛭川立

*1:アミンの窒素はsp3の正四面体を使うほうが正確かもしれない。

*2:

化合物命名法 (第2版): IUPAC勧告に準拠

化合物命名法 (第2版): IUPAC勧告に準拠

  • 発売日: 2016/02/10
  • メディア: 単行本

*3:詳しい事情は「再販されたHGS分子模型を購入」に書かれている

*4:asahi.com:分子模型「モル・タロウ」 特許で組み立て簡単に - 頭がよくなる!? - 小中学校 - 教育