向精神薬の開発史
1804 | モルヒネの単離 | 地中海のケシから |
1855 | コカインの単離 | アンデス先住民のコカから |
1893 | メタアンフェタミンの合成 | 漢方のマオウに含まれるエフェドリンから(日本で) |
1897 | メスカリンの単離 | メキシコ先住民のペヨーテから |
1903 | バルビツールの合成 | 最初のバルビツール酸系睡眠薬 |
1938 | LSDの合成 | 最初の合成精神展開薬(子宮収縮薬の合成中に発見) |
1948 | リチウムの気分安定作用の発見 | 尿酸を水に溶かすためにリチウム塩にしたとき(下記参照) |
1950 | クロルプロマジンの合成 | 最初の狭義の抗精神病薬(麻酔の併用薬として) |
1952 | イプロニアジドの抗うつ作用の発見 | MAOIによる結核の治療薬から |
1955 | ベンゾジアゼピンの合成 | 放置されたまま二年後に作用が発見される |
1956 | イミプラミンの抗うつ作用の発見 | クロルプロマジン様の三環系薬物による抗精神病作用の試験から |
1972 | フルオキセチンの合成 | 最初のSSRIの合成 |
1982 | オランザピンの合成 | 最初の実用的な非定型抗精神病薬 |
19世紀に発見された向精神薬は、もっぱら世界各地で使われてきた伝統的な薬草から抽出されたものである。20世紀に合成された主要な向精神薬は、他の目的の薬を合成する過程などで、たまたま作用が発見されたものが多い。
もっとも顕著な例が、リチウムの気分安定作用の発見である。双極性障害の患者の尿中に、その原因物質が含まれているのではないかと考えたオーストラリアの精神科医、ジョン・ケイドは、患者の尿中の尿酸をリチウム塩にして水に溶かし、マウスに注射したところ、なぜか鎮静作用がみとめられた。その後、この鎮静作用は、尿酸ではなく、たまたま水に溶かすために使ったリチウムのほうにあることがわかった[*1]。
リチウムは今でも双極性障害のもっとも有効な治療薬のひとつとして使われているが、多くの向精神薬がシナプスにおける神経伝達物質の増減にかかわっているのに対し、リチウムのような単純な原子の向精神薬としての作用機序については、未だに未解明の部分が大きい。
科学上の発見とされるものが、たまたま偶然に起こり、後から振り返ると進歩だったと見えることは多い。向精神薬の開発史も、こうしたセレンディピティ(serendipity)の連続であったといえる。
20世紀後半以降、神経科学は急速に進歩したが、精神疾患の機序を分子レベルで解明し、さらにその治療のための薬を計画的に開発するという試みは、意外に成功していない。
1972年に合成された最初のSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)であるフルオキセチンが合成されたのは1972年であった。SSRIはシナプス間隙でのセロトニン濃度を増加させる薬として設計されたのだが、うつ病がセロトニンの不足によるという未確認の仮説を後追いする形で、ようやくフルオキセチンが「prozac」という商品名で発売されたのは1988年のことである。
記述の自己評価 ★★★☆☆
(議論の大筋はともかく、細かい事実関係が正確な出典に遡って確認されていない点では学術的な厳密性を欠く。)
CE2016/07/20 JST 作成
CE2020/03/21 JST 最終更新
蛭川立
*1:この研究結果は1949年に発表された。私はこのエピソードを、オーストラリアのクイーンズランド大学で科学哲学を学んでいるときに、ブリスベンのオカダ・クリニックのオカダ先生から聞いた。リチウムの気分安定作用はもっと以前から知られていたようだが、ケイドの研究こそセレンディピティの好例であると教えてくださったのは国立精神・神経医療研究センターの服部功太郎先生である。