錯覚・幻覚・認知バイアス

幻覚(hallucination)とは、入力のない感覚情報を体験してしまうことであり、錯覚(illusion)とは、入力のあった感覚情報を歪めて認識してしまうことである。

錯覚と幻覚

https://media.nationalgeographic.org/assets/photos/1ab/9f9/1ab9f9af-1092-427e-83a5-b1f905b4d403.jpg
火星の人面岩(Face on Mars)[*1]

ほんらい意味のないパターンに人間の顔など、意味のあるパターンを読み取ってしまう錯覚をパレイドリア(pareidolia)という。世にいう「心霊写真」はこうした知覚のバイアスであることが少なくない。けれども、それは単に病的だとはいえない。人間はつねに自分の周囲に人間の気配を読み取ろうとしているからである。

あるいは、深夜に誰もいないはずの場所で物音がすれば、そこに誰か人間がいると感じてしまう。そこに生きている人間がいるはずがなければ、幽霊など、なんらかの超自然的実体が存在すると感じてしまう。逆に、もし仮に幽霊がきちんとした服装で街を歩いていても、それを幽霊だと認識することは難しいだろう。幽霊が暗闇に出現しやすい所以である。

認知バイアス

未知のリスクの過大評価

2020年5月2日の、日本での新型コロナウイルス感染症による死亡者は34名だという[*2]。大半は高齢者である。

さまざまな原因による死亡者数は「日本における出生数、死亡数とその原因」にまとめた。死亡者数を例にとるのは、単純に、数えやすいからだという理由でもある。人の苦しみは定量化できない。

便宜上、定量化しやすいということで、あえて死亡者数を比較してみよう。上記の34名というのは、溺死、自殺、インフルエンザのピーク時と同じぐらいで、老衰(と、人工妊娠中絶)の10分の1ぐらいで、総死亡数の100分の1ぐらいである。逆にいえば新型コロナウイルス感染症による死亡は、日々の死亡者数の1%ぐらいだといえる。

ではなぜ、新型コロナウイルス感染症だけが特別に怖い病気のように考えられるのだろうか。それは、未知のリスクだからである。未知のリスクを過大に見積もることは、ある意味では合理的な判断である。それから、感染症と他の死因は比較できない。感染症は放置すると指数関数的に増加していくからである。

しかし、新型コロナウイルス感染症が怖いという言説が、ウイルス事態の感染を追い越して「感染」を拡大していくと、社会全体がその認知を共有することになる。

小さいリスクの過大評価

これについては「【資料】友野典男『行動経済学』」を参照のこと。

確証バイアス

福島で原発事故が起こったとき、動物に奇形児が産まれたことが、放射能汚染の結果だと考えられたりした。しかし、事故の前に奇形児が産まれる数より増えていなければ、放射線の影響かどうかは評価できない。しかし、事故の前には調べなかったことについてのデータはない。たとえばセシウム137の半減期は30年だから、30年ぐらい経ってから調査を行えば、放射能の影響を評価できるかもしれないが、何年も経つと、そうした動機づけ事態が薄まってしまう。

原発事故の後で甲状腺ガンの検査が進み、多くの患者が発見されたのも、このバイアスの影響を受けている。これがどの程度原発事故の影響なのかは、同地域での事故以前の数や、他地域での数を比較しなければならないが、ここでは結果についての議論には立ち入らない。

新型コロナウイルス感染症では、抗原検査や抗体検査が進んでいる。検査が進むほどに、じっさいの患者数がもっと多かったということがわかる。これはバイアスというよりも当たり前のことである。

ただし、検査には間違いもある。本当は感染していないのに感染したという結果が出てしまうのを「擬陽性」、本当は感染しているのに感染していないという結果が出てしまうのを「偽陰性」という。そして、擬陽性は見逃されやすく、しかし陰性となった場合には、偽陰性ではないのか、と、また調べたくなる。結果的に、陽性の数が多くなる。

ギャンブラーの誤謬

f:id:hirukawalaboratory:20200626100620p:plain
Pokies(電子スロットマシーン)の横に置かれているパンフレット(オーストラリア・ブリスベン

「もう少し続ければ当たりが出るだろう」「しばらく当たりが出ていないので、そろそろ当たりが出るだろう」といった偏った認知を、ギャンブラーの誤謬という。

典型的な認知バイアスの一例である。知覚のレベルで起こる錯覚や幻覚と同様、認知バイアスもまた、意味のないものの中に意味を見いだそうとする情報処理と密接にかかわっている。

(この続きに書いてあった議論は「妄想と陰謀論」に移動しました。)




CE 2017/05/16 JST 作成
CE 2020/06/26 JST 最終更新
蛭川立

*1:National Geographic Jul 25, 1976 CE: Satellite Records 'Face on Mars'(2019/06/21 JST 最終閲覧)

*2:このころが感染のピークだった