SARS-CoV-2の起源と感染源

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武漢病毒研究所での研究

2004年、湖北省武漢にある武漢病毒研究所武漢ウイルス研究所)に広東省広西チワン族自治区湖北省で捕獲したコウモリのサンプルが持ち込まれ、そのうち広西チワン族自治区湖北省キクガシラコウモリRhinolophus spp.)からSARS-CoVによく似たコロナウイルス(SL-CoVs: SARS-like coronavirus)が発見された。SARSがコウモリに由来する可能性が高いとする論文が2005年10月発行の『Science』に掲載された[*2]

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チュウゴクキクガシラコウモリRhinolophus sinicus)の生息域[*3]

2013年11月、武漢病毒研究所でSARSの感染源がコウモリであることを突き止めたという研究が『Nature』に発表された[*4]

雲南省昆明市の洞窟で捕獲されたチュウゴクキクガシラコウモリRhinolophus sinicus)の糞便からSARS-CoVと95%の相同性を持ちヒトACE2に結合するウイルスが発見され、SHCO14-CoV命名された。


中国国営放送(CCTV9)『健康中国』第四集「全民健康」(2013年11月)

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武漢病毒研究所でSARSの病原体であるウイルスが同定された(最初から2分)

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このウイルスは雲南省のチュウゴクキクガシラコウモリの糞から発見された(最初から3分)
 

この発見はしかし、SARS関連コロナウイルスがコウモリを媒介してふたたびヒトーヒト感染を起こす可能性を示唆していた。

たとえば、予防衛生協会の山内一也は2015年の時点で「SARSがふたたび流行する危険性を考慮して、監視態勢の確立、治療薬の開発が求められている」[*5]と警鐘を鳴らしていた。


武漢病毒研究所の位置

SARS関連コロナウイルスの系統関係

SARS関連コロナウイルスは1本鎖RNAウイルスであり、塩基配列の分析によって系統関係が研究されている。

SARS-CoVSARS-CoV-2のゲノムは塩基レベルでは類似度が79%であり、スパイクタンパク質については類似度は72%であった[*6]

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SARS関連コロナウイルス系統樹(「2019-nCoV」は「SARS-CoV-2」の発見時の仮名)[*7]

2020年2月に発表された研究では、SARS-CoVSARS-CoV-2がコウモリのコロナウイルスから分岐してきたことが示されており、SARS-CoVのほうは雲南、広西、そして湖北省のコウモリと、SARS-CoV-2のほうは浙江省のコウモリと系統関係が近いという結果になっている。広東省のコウモリはいずれのウイルスとも別系統となっている。


雲南省墨江ハニ族自治県

いっぽう、2013年までに武漢ウイルス研究所で冷凍保存されていた、雲南省墨江ハニ族自治県の洞窟で採集されたナカキクガシラコウモリRhinolophus affinis)に由来するRaTG13の塩基配列が、武漢から感染を拡大したSARS-CoV-2の塩基配列と96%一致していたということが後から判明した[*8]。RaTG13はSARS-CoVとは塩基配列が80%しか一致しなかったので、それ以上分析されずに保存されていたのである。

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雲南省の地図[*9]
 
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雲南省SARS-CoVと類似するウイルス(青)SARS-CoV-2と類似するウイルス(赤)を持つコウモリが捕獲された地点[*10]
 
https://www.sciencemag.org/sites/default/files/styles/article_main_image_-_1280w__no_aspect_/public/Coronavirus_researchers_cave_1280x720.jpg?itok=PClE609G
雲南省南西部には石灰岩質の鍾乳洞が多い[*11]石灰岩が変成作用を受けて形成された「大理石」は「大理(Dali)」の地名に由来する

武漢ウイルス研究所には、2004年以来、コウモリ由来のSARS関連コロナウイルスが500種ほど単離され保存されてきた[*12]

しかし、SARS-CoVSARS-CoV-2も雲南省のコウモリに由来するのなら、なぜ雲南省から感染が起こらないのだろうか。SARS広東省広州市付近から感染が始まり、新型コロナウイルス感染症湖北省武漢から感染が始まっている。以下で議論するが、武漢の研究所からウイルスが流出したのではないかという憶測が出てきているゆえんである。

ひとつの可能性は、雲南省に住んでいる人々がすでに免疫を獲得しているという可能性がある。雲南省晋寧県では、住民がすでにコウモリにのみ由来するウイルスの抗体を持っていたという研究がある[*13]。もうひとつは、SARS関連コロナウイルスはコウモリから人間へは直接感染せず、中間宿主を経由するのではないかという仮説である。

中間宿主を経由した可能性

2020年2月には、華南農業大学の研究者2人が、遺伝子配列がSARS-CoV-2と99パーセント一致するコロナウイルスセンザンコウから発見したという報告書を発表した[*14]。3月には、中国に密輸されたマレーセンザンコウ保有していたウイルスの塩基配列SARS-CoV-2と85〜92%の割合で一致していたという研究が『Nature』に掲載された[*15]

https://www.biorxiv.org/content/biorxiv/early/2020/02/20/2020.02.19.950253/F5.large.jpg?width=800&height=600&carousel=1
センザンコウ保有していたウイルスとコウモリ由来のRaTG13は、いずれもSARS-CoV-2に近縁である[*16]

コウモリの糞自体は、暗い場所でもよく目が見えるようになる「夜明砂」[*17]という漢方薬として知られている。これは四川料理ではスープとして食用にされているとも言われる。また「バットグアノ」[*18]という肥料としても広く流通している。

この「夜明砂」がSARS-CoV-2の感染源となりうる可能性が指摘されているが[*19]、コウモリの糞に含まれるSARS関連コロナウイルス自体は人間には感染せず、ハクビシンセンザンコウなどの中間宿主の体内で変異を起こしたものだけが人間に感染するという研究もある。

感染源は武漢の研究所か?

SARS-CoVSARSコロナウイルス)の感染は広東省から始まった。2019年12月にSARS-CoV-2(新型コロナウイルス)の感染が始まったとされるのは湖北省武漢市である。感染源は武漢市にある武漢華南海鮮卸売市場だったと考えられているが、SARS-CoV-2の感染が始まった直後、2020年1月1日に閉鎖され消毒された。海鮮卸売市場という名前ではあったが、いろいろな種類の陸生動物が売られていたらしい。コウモリは売られていなかったと言われているが、はっきりした証拠はない。


武漢華南海鮮卸売市場の位置

市場で動物のおりなどから採取した585のサンプルのうち33からSARS-CoV-2が検出されたが、その大部分が野生動物を売る屋台の近くで得られたものであった[*20]

これに対して、武漢市内にある武漢病毒研究所あるいは武漢疾病予防管理センターからウイルスが流出した可能性が論じられている。

SARS-CoV-2が生物兵器として開発されたウイルスだという説も入り乱れているが、諸説は明確に区別されて議論されなければならない。

  1. 武漢華南海鮮卸売市場から感染が始まった
  2. 武漢病毒研究所または武漢疾病予防管理センターから感染が始まった
    1. 保管されていた野生動物由来のウイルスが事故によって漏出した
    2. 人工的に合成されたウイルスが研究所外に感染していった
      1. 人工的に合成されたウイルスが事故によって漏出した
      2. 人工的に合成されたウイルスが意図的に漏洩させられた
        1. 人工的に合成したのは中国政府の意図である
        2. 人工的に合成したウイルスをアメリカが研究所に持ち込んだ

等々、異伝を列挙していくときりがないが、下に行くほど「陰謀論」の色彩が濃くなる。どんな仮説でも可能性はゼロではないが、問題の原因を性急に政治的な意図のほうに求めようとすると、偶発的な事件の可能性を見落としてしまう。

RNA塩基配列の分析から、SARS-CoV-2が実験室で人工的に合成された可能性は低いとされているが、人工的に合成されたものではない(2-2)からといって、野生動物由来のウイルスが漏出した(2-1)可能性を否定するものではない。

研究所からウイルスが流出した可能性(2-1)はじゅうぶんにありうる。SNSには、研究員が実験動物を持ち出して海鮮市場で売っていたという噂まで流れたとされるが[*21]、冷凍保存されていたのはサンプルであってコウモリ自体ではないはずだ。依然として研究室内感染の可能性は残されている。

研究室内で感染した人物が研究所の外で家族など身近な人にウイルスを感染させてしまうという事故は、2004年に北京ですでに起こっており(→「SARSコロナウイルスの研究所内感染」)、同様の事故が繰り返された可能性はじゅうぶんにある[*22]。ただし、今のところそれを裏付ける証拠もない。調査が行われていないか、あるいは情報が公開されていないからである。

中国以外から感染が広がりうる可能性

SARS-CoVが中国国外で研究され、研究所内感染を起こしたことは公表されており、また、コウモリやその排泄物を食用にする習慣は中国に独自のものかもしれないが、コウモリ自体は世界的に広く分布し、またその排泄物は肥料としては流通しているから、SARS-CoV-2の人間への感染は、中国以外の場所でも起こりうるかもしれない。

じっさい、フランスのパリでは、2019年12月に呼吸器症状で入院した男性からSARS-CoV-2が検出されたという報告もある[*23]。この男性は海外渡航経験がなかったが、魚販売業を営んでいた[*24]。(ヨーロッパでも早い時期に症状が出にくい変異が流行していた可能性もありうる。)



記述の自己評価 ★★★☆☆
(議論の多いテーマだが、情報が錯綜している。あるていどはNatureやScienceなどの一時文献に当たったが、多くは信頼性の高くない二次資料によっており、全貌を把握しきれていない。)
CE2020/05/04 作成
CE2020/06/20 最終更新
蛭川立

*1:免責事項にかんしては「Wikipedia:医療に関する免責事項」に準じています。

*2:Wendong Li, Zhengli Shi, Meng Yu, Wuze Ren, Craig Smith, Jonathan H. Epstein, Hanzhong Wang, Gary Crameri, Zhihong Hu, Huajun Zhang, Jianhong Zhang, Jennifer McEachern, Hume Field, Peter Daszak, Bryan T. Eaton, Shuyi Zhang and Lin-Fa Wang (2005). Bats Are Natural Reservoirs of SARS-Like Coronaviruses. Science, 310, 676-679.

*3:Rhinolophus sinicus」『Wikipedia』(2020/05/20 JST 最終閲覧)

*4:Xing-Yi Ge, Jia-Lu Li, Xing-Lou Yang, Aleksei A. Chmura, Guangjian Zhu, Jonathan H. Epstein, Jonna K. Mazet, Ben Hu, Wei Zhang, Cheng Peng, Yu-Ji Zhang, Chu-Ming Luo, Bing Tan, Ning Wang, Yan Zhu, Gary Crameri, Shu-Yi Zhang, Lin-Fa Wang, Peter Daszak & Zheng-Li Shi (2013). Isolation and characterization of a bat SARS-like coronavirus that uses the ACE2 receptor. Nature, 503, 535-538.

*5:山内一也 (2015).「73.コウモリの間を循環しているコロナウイルスはSARSの発生を引き起こしうる」『一般社団法人 予防衛生協会』(2020/05/17 JST 最終閲覧)

*6:[無署名記事](2020).「[解説] ゲノムから見た新型コロナウイルスの起源と出現」『crisp_bio』(2020/05/20 JST 最終閲覧)(孫引き)

*7:Roujian Lu, Xiang Zhao, Juan Li, Peihua Niu, Bo Yang, Honglong Wu, Wenling Wang, Hao Song, Baoying Huang, Na Zhu, Yuhai Bi, Xuejun Ma, Faxian Zhan, Liang Wang, Tao Hu, Hong Zhou, Zhenhong Hu, Weimin Zhou, Li Zhao, Jing Chen, Yao Meng, Ji Wang, Yang Lin, Jianying Yuan, Zhihao Xie, Jinmin Ma, William J Liu, Dayan Wang, Wenbo Xu, Edward C Holmes, George F Gao, Guizhen Wu, Weijun Chen, Weifeng Shi, Wenjie Tan (2020). Genomic characterisation and epidemiology of 2019 novel coronavirus: implications for virus origins and receptor binding. Lancet, 395, 565-574.

*8:Jon Cohen (2020). 「Mining coronavirus genomes for clues to the outbreak’s origins」『Science』(2020/06/20 JST 最終閲覧)

*9:https://asiapacific.anu.edu.au/mapsonline/base-maps/china-yunnan-province

*10:Lab-Made? SARS-CoV-2 Genealogy Through the Lens of Gain-of-Function Research

*11:Mining coronavirus genomes for clues to the outbreak’s origins | Science | AAAS

*12:この一節の情報はSABRINA WEISS KAORI SHIMADA(訳)(2020).「新型コロナウイルスの『中間宿主』はセンザンコウ? 人間への感染経路は解き明かせるか」『WIRED』(2020/05/20 JST 最終閲覧)より孫引き。

*13:chimaki⚓︎StayAlert (2020). 「The virus hunters who search bat caves to predict the next pandemic≒コウモリの洞窟を検索して次のパンデミックを予測するウイルスハンター」『note』(2020/06/20 JST 最終閲覧)(孫引き)

*14:SABRINA WEISS KAORI SHIMADA(訳)(2020).「新型コロナウイルスの『中間宿主』はセンザンコウ? 人間への感染経路は解き明かせるか」『WIRED』(2020/05/20 JST 最終閲覧)(孫引き)

*15:Tommy Tsan-Yuk Lam, Marcus Ho-Hin Shum, Hua-Chen Zhu, Yi-Gang Tong, Xue-Bing Ni, Yun-Shi Liao, Wei Wei, William Yiu-Man Cheung, Wen-Juan Li, Lian-Feng Li, Gabriel M. Leung, Edward C. Holmes, Yan-Ling Hu & Yi Guan (2020). Identifying SARS-CoV-2 related coronaviruses in Malayan pangolins. Nature.

*16:Tao Zhang, Qunfu Wu, Zhigang Zhang (2020). Pangolin homology associated with 2019-nCoV. bioRxiv.

*17:富山大学和漢医薬学総合研究所民族薬物データベース作成委員 (2019). 「資料館生薬データベース」『富山大学和漢医薬学総合研究所民族薬物データベース』(2020/05/24 JST 最終閲覧)

*18:日本では、コウモリの排泄物の多くはインドネシアから輸入されている。

*19:郑永军 (2020).「夜明砂会传染冠状病毒吗?」『郑永军的博客』(2020/05/24 JST 最終閲覧)

*20:SABRINA WEISS KAORI SHIMADA(訳)(2020).「新型コロナウイルスの『中間宿主』はセンザンコウ? 人間への感染経路は解き明かせるか」『WIRED』(2020/05/20 JST 最終閲覧)

*21:@fangyori (2020).『Twitter』(2020/05/21 JST 最終閲覧)

*22:チャールズ (2020).「新型コロナウイルスの起源に関する論文まとめ。生物兵器説に否定的な実験結果や研究所から流出した可能性・宿主動物など」『ダーウィン・ジャーナル』(2020/05/04 JST 最終閲覧)が、武漢での感染源についての諸説を原著論文にさかのぼって検討した大まかなレビューであり、このページでの議論の参考にさせてもらった。

*23:Deslandes, A., Berti, V., Tandjaoui-Lambotte, Y., Chakib Alloui, Carbonnelle, E., Zahar, J.R., Brichler, S., Yves Cohen. (2020). SARS-CoV-2 was already spreading in France in late December 2019. International Journal of Antimicrobial Agents.

*24:Marthe Fourcade (2020).「フランス最初の新型コロナ患者、昨年末に発症-過去のサンプルで判明」『Bloomberg』(2020/05/24 JST 最終閲覧)