2003年、SARS流行下、中国での調査記録

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西暦2003年4月、中国のチベット少数民族であるナシ族・モソ人の社会を調査するために、四川省を経由して雲南省に向かった。

たまたまSARSが中国全土に感染を広げていたときであった。モソ人の村で原因不明の発熱により倒れた。病状の詳細は「2003年4月、SARS流行下の中国で発熱、臨死様体験」にまとめておいた。

なぜそんなときに中国へ行ったのか、死にかけたのも自己責任ではないのか、と言われそうだが、中国政府が全国に感染が拡大しているという情報を公開していなかったのである。

以下はその経緯。

中国渡航前夜までの状況

2002年11月16日

広東省仏山市でSARSの最初の症例が確認される[*2]

2003年2月1日〜7日

春節休暇

2月12日

広東省がインフルエンザに似た未知の感染症非典型肺炎」の流行を公式発表。「流行は既にピークを過ぎており、基本的に封じ込められている」

3月15日

第十期全国人民代表大会で、第五代江沢民の後継者として、胡錦濤中国共産党総書記を第六代国家主席に選出。

3月17日

中国政府が初の公式発表。「広東省非典型肺炎の集団感が起こっているが、終息しつつある」

4月3日

日本の外務省が、香港及び中国広東省への渡航について「渡航注意勧告」(レベル1)を「不要不急の渡航中止勧告」(レベル2)へ引き上げ。中国の他の地域については注意勧告のまま。

4月16日

http://www.med.akita-u.ac.jp/~doubutu/kansensho/virus17/sars.gif
『読売新聞』2003年4月9日

WHOが、SARSの病原体を新種のコロナウイルスと同定、「SARSコロナウイルスSARS-CoV)」と命名したと発表。

4月17日

中国共産党中央政治局常務委員会会議の緊急招集。翌 18 日、党中央弁公庁と国務院弁公庁が「非典型肺炎対策強化に関する通知」を公布。(このことがメディアで報道されたのは4月21日。)

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/7/79/SARS_stat.png
SARSの患者数と死亡率(黄緑の線)の推移。4月の下旬には香港での感染(緑)は終息に向かったが、中国本土での感染(赤)は5月上旬までの約十日間で急速に拡大した。香港と中国の人口比からして、中国での感染者数は報告よりもずっと多かった可能性がある[*3]

広東省だけに限定されており、すでに終息に向かっているとされていたSARSの感染が他の地域にも広がっているらしいという未確認情報を得る。四川省寧夏回族自治区でそれぞれ1名の患者が発生したという。

四川大学へ

2003年4月18日

成田経由で四川省成都へ。

四川大学チベット学研究所を訪問し、熱烈歓迎、夜は衛生状態が心配な市場で歓待を受ける。(→「肉食の象徴論 ー人畜共通感染症の文化的背景ー」)

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四川省成都市(2003年4月19日)
「麻婆豆腐、麻婆豆腐」
 
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本場四川麻婆豆腐。食器が不潔なのが気になる。消毒用アルコールで拭いてから使った。

4月19日

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四川省成都市(2003年4月19日)

四川省では10名の感染者がいると報告されているが。実数は公式発表の2倍ぐらいだろう。雲南省はゼロだというが、そんなことはないだろう、と聞く。

雲南省

4月20日

感染が広東省以外の中国全土、とくに北京で広がっていたことは、全人代が終わるまでは公表されなかった。しかし新たに発足した胡錦濤政権は問題解決に積極的で、張文康衛生部長と孟学農北京市長を解任した。その余波を受け、地方政府が次々と情報公開を始める。


雲南省の位置
 
http://www.jyfa.org/6_plaza/img/kihon/minzu_map.jpg
雲南省少数民族モソ人を含むナシ族は北方の水色の地域に住んでいる[*4]

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雲南省内の移動ルート(破線は空路)

成都から昆明経由で麗江へ。埃っぽい。気圧は760hPa。偏頭痛のような頭痛、咳、くしゃみと鼻水。日本にいたときから花粉症だった。体温は36.1℃で平熱。

ナシ族・モソ人の調査を開始。(→「走婚と送魂ー雲南ナシ族・モソ人の親族構造と死生観」)

4月22日

日本の外務省が中国への渡航について、広東省と香港だけだった「不急不要の渡航中止勧告」の対象地域に北京市を加える

麗江から陸路でルグ湖へ。モソ人の集落、落水に到着。峠越えの最低気圧680hPa。動くと息切れがするが、じっとしていれば問題なし。

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モソの人たちが暮らすルグ湖。標高は2800m(2003年4月22日)

4月23日

「国家防治非典型肺炎指揮部」が設置される。

日本の外務省が中国への渡航について、「不急不要の渡航中止勧告」の対象地域(香港・広東省北京市)に山西省を加えたが、以降、それ以上に広げられなかった

モソ人の集落で調査。ガイドをしてくれた少数民族の女性が風邪気味だと言って部屋に籠もってしまう。

夜になって腹部膨張感と水様性下痢が始まる。

発熱と臨死様体験

4月24日

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新華社通信が、広東省に封じ込められているとされていた非典型肺炎の感染が全土に広まっていると報道(2003年4月24日)

昼すぎに発熱。37.8℃。重い荷物を持って動き回ったせいか、右半身が筋肉痛で、喉が乾燥した感じがする。夜には体温が38℃を超える。成都の屋台食から潜伏期間を6日とすると、細菌性食中毒ではないかと考え、抗生物質を半人前服用。

熱にうなされる中で、自分の葬式が行われる悪夢にうなされる。臨死体験のようなビジョンの中で、病気治しの女神と自称するビジョンを見る。深夜には症状が改善、熱は37.6℃に下がる。


2003年4月25日
小康状態になった合間に水を煮沸してお茶を一服。呼吸が苦しいのは高山病の症状だと思っていたが、標高は2800mしかない。

(このときの病状については「2003年4月、SARS流行下の中国で発熱、臨死様体験」にまとめておいた。)

4月25日

朝5時に目覚める。頭痛、腹痛、筋肉痛は快癒。体温は36.4℃で、平熱に戻っていた。

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SARSの感染は広東省から全国に広がったが、この時点で雲南チベット、青海、ウイグルには感染は及んでいなかった[*5]

感染が及んでいない雲南省チベット自治区が省境を閉鎖し、外部からの旅行者に退去命令が出されたと聞く。

4月26日


ルグ湖の朝
ルグ湖の朝
 

ルグ湖を去る(2003年4月26日)
自動車の消毒

モソの人たちが暮らすルグ湖を去る。車は一台ずつ止められて、消毒液を噴射される。


ルグ湖から麗江へ

4月27日

陸路で麗江に戻る。喉の痛みと腹痛が残る。

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麗江ケンタッキーフライドチキンも閉店
 
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医療関係のスタッフもお疲れの様子(2003年4月27日、雲南省麗江市)

麗江から昆明へ移動。

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消毒証明書をフロントガラスに置いて走る。偽造されないように役所の印鑑が押してある

4月28日

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SARSの予防法(雲南省昆明

四川大学が閉鎖、入構制限を開始

雲南省から退去

4月29日

雲南省昆明から四川省成都へ。


四川省成都(2003年4月)

「なぜマスクをしないんですか?」

「マスクなんかしてたら広東人だと思われるでしょう。広東人がイヌでもネコでも見境いなく食べるからこんなことになったんだ」

外から見れば同じ「中国人」とカテゴライズしてしまうが、四川省の人たちには「中国人」とひとくくりにされたくはない、という思いがあるようだった。「日本人」はすべて「大阪人」だといったニュアンスだろうか。

四川大学国際学術研究中心に泊めてもらう。

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到着の前日、4月28日に四川大学は閉鎖され、入構制限を開始。左奥の入り口で検温が行われ、身分証明書の提示を求められる。
 
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「一致団結して非典型肺炎の予防と治療を!」力強いスローガンばかりが掲げられている一方で、感染の実態がよくわからない状況
 
四川大学チベット学研究所の先生がたのご厚意で、四川大学国際交流センターにかくまってもらうことができた
 
https://img.mp.itc.cn/upload/20170812/5ed389be671e4d26b922beb0cca93311_th.jpg
四川大学国际学术交流中心[*6]
 

福岡への「送還」

4月30日

国外退去を命じられるが、成田行きの飛行機は欠航している。現在、日本へ帰国できる飛行機は、上海・福岡便だけであり、それで帰国せよということになる。福岡から東京までのことは知らないと言われ、押し問答の末、成都から上海経由で福岡に「送還」される。

福岡の空港ではとくに何もなく日本に入国。福岡の田舎で軽い自主隔離。

5月4日

東京に戻り、仕事に復帰。

5月23日

日本の外務省は香港と中国広東省の危険度をレベル2からレベル1に引き下げ

SARSコロナウイルスの制圧と同種異株の再流行

2003年7月5日

WHOがSARSの制圧宣言を出す。しかしその後も研究所内感染[*7]を中心に散発的な感染が続く

2019年11月17日〜12月8日

湖北省武漢市でSARSに似た原因不明の肺炎が報告されたが、詳細は不明

2019年12月31日

武漢市疾病予防センターが武漢市で原因不明のウイルス性肺炎が発生していると発表

2020年1月7日

WHOが武漢で発生している肺炎の病原体がSARSコロナウイルスSARS-CoV)の同種異株(SARS-nCoV、SARS-CoV-2と改称)であると発表



記述の自己評価 ★★★☆☆
旅行記なので、背景となった出来事については記述の正確さを欠く。)
CE2020/04/29 JST 作成
CE2020/05/25 JST 最終更新
蛭川立

*1:免責事項にかんしては「Wikipedia:医療に関する免責事項」に準じています。

*2:http://idsc.nih.go.jp/disease/sars/update95.htmlSARS 事件から見た中国の危機管理に関する一考察」 以下の情報もこれらのページからの引用である。

*3:重症急性呼吸器症候群」『Wikipedia

*4:雲南AtoZ|少数民族への国際協力教育支援【認定NPO法人 日本・雲南聯誼協会】

*5:加藤洋子 (2007). SARS事件から見た中国の危機管理に関する一考察 21世紀社会デザイン研究, 7 41-52.

*6:设计资源网 「四川大学国际学术交流中心」(2020/04/22 JST 最終閲覧)

*7:SARS制圧宣言後の研究所内感染については「SARS関連コロナウイルスの研究所内感染」にメモをまとめた。